越前市はコウノトリを呼び戻す取り組みでSDGsにも寄与するまち
日本海を望む北陸の南部に位置する、福井県越前市。豊かな自然や、歴史ある建造物などが魅力の街です。そんな歴史情緒あふれる越前市は、環境に配慮した取り組みでSDGsに貢献している街でもあります。今回は、越前市環境農林部農政課の谷口さん、橋谷さん、清水さん、若野さんに、越前市の魅力や特色、SDGsに関連した取り組みや課題、今後の展望についてお聞きしました。
目次
長い歴史がある魅力あふれる街、越前市
越前市は観光や工芸品などが有名ですが、どのような特色がある街なのでしょうか。ここでは、越前市の概要や特色、見どころなどをお聞きします。
食や歴史ある工芸技術が魅力
───本日はよろしくお願いします。まずは、越前市のご紹介をお願いします。
谷口さん 越前市は福井県のほぼ中央に位置している人口約8万人の市で、その歴史は大変古く、寺院や商家など、歴史的な町並みが残っています。古くは、越前国の国府が置かれ、中世には府中として発展し、その歴史の中でさまざまな伝統工芸も継承されてきました。
また、越前市では、冷たい蕎麦にたっぷりの大根おろしと削り節、刻みネギをのせて食べる「越前おろしそば」が有名です。福井県はインターネットメディアが実施する全国のそばの人気投票で3連覇するなど、全国屈指のそば処です。その中でも越前市は、越前おろしそば発祥の地で、30を超える蕎麦店があり、お店によって個性ある味わいが楽しめます。
───伝統工芸にはどのようなものがありますか?
谷口さん 越前市には、「越前和紙」、「越前打刃物」、「越前箪笥」の3つの伝統工芸があります。1500年の歴史をもつ「越前和紙」は、昔から品質の高さに定評があり、手すき和紙の生産額は全国トップを誇っています。「越前打刃物」も約700年の歴史があり、日本古来の火造り鍛造技術が受け継がれている刃物は、他の追随を許さないほどの鋭い切れ味です。近年ではその伝統技術に現代デザインを掛け合わせた包丁が世界から高い評価を受け、国内外の一流シェフからの人気を集めています。「越前簞笥」は釘を用いない技術を使った和箪笥で、金具には打刃物、漆塗りには漆器など、越前ならではの伝統技術が合わさって作られています。
───歴史の長い、独自の高い技術が根付いているのですね。越前市で見どころのイベントなどはありますか?
谷口さん 今年で第72回を迎える「たけふ菊人形」は、多彩な菊花で毎年さまざまなテーマを表現するイベントです。OSK日本歌劇団による「たけふレビュー」や大型遊具の運行、越前市のグルメが味わえるフードコートなどの催し物も開催され、毎年好評を博しています。
数々の紫式部ゆかりの地がある
───越前市のホームページで、紫式部についての記述を拝見しました。どのような関係があるのでしょうか?
橋谷さん 紫式部が生涯で唯一都を離れて暮らした地が、ここ越前市なのです。紫式部は、父が越前の国守となった際に京都から移り住み、青春時代の1年余りを越前で過ごしました。その時の経験が源氏物語の創作活動に大きく影響を与えたといわれています。また、越前和紙が身近にあったことで、書くということがもっと好きになり、源氏物語の誕生につながったのかもしれません。越前市には「紫式部公園」や「紫ゆかりの館」、「本興寺」など紫式部をしのぶことができる場所が多く、2024年に紫式部を主人公とするNHK大河ドラマの放送が決まっていることもあり、大きな盛り上がりを見せています。
環境負荷を軽減した取り組みでコウノトリが戻りつつある
さまざまな魅力で人々を惹きつける越前市ですが、環境に配慮した取り組みに力を入れていることでも知られています。ここでは、越前市が行っているSDGsにも寄与する取り組みや、コウノトリを呼び戻すための活動について詳しく聞いていきます。
環境調和型農業でSDGsにも寄与
───越前市で行っているSDGsに関する取り組みには、どのようなものがありますか?
谷口さん まず、越前市はSDGsの推進について、2030年のあるべき姿として「生き物と共生し、多様性を認める共生のまち越前市」と定めています。
SDGsに関連した取り組みとして越前市は、「環境調和型農業」というものに長く取り組んで参りました。国が定めた「環境保全型農業」は「農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和などに留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業」と定義されています。
一方、環境調和型農業は考え方や内容は環境保全型農業と類似しているものの、越前市独自の取り組みです。
「越前市コウノトリが舞う里づくり戦略」の中で、「農地の状態に合わせた土づくりと農作物の病気や発生に応じた必要最低限度の防除を行うことで、自然環境にやさしく、地域環境との調和を目指す栽培方法」と定義しています。
───環境調和型農業では、具体的にはどのような取り組みをされているのですか?
谷口さん 環境調和型農業の中に「特別栽培農産物」というものがあります。これは有機農産物(いわゆる有機JAS認定農産物)以外の、化学合成農薬と化学肥料の使用を極力控えた農産物のことで、平成13年度から福井県で認証を開始した取り組みです。
化学肥料や農薬を使用して、大規模かつ効率的に栽培する方法を「慣行栽培」、化学肥料や農薬を使用せず、なおかつJAS認定の審査に通ったものを原則的に「有機農産物」と呼びます。
越前市では、平成19年度に市の総合計画に位置づけて環境調和型農業を開始し、平成20年度に環境調和型農業に関連した「食と農の創造ビジョン基本構想」、平成21年度には条例の制定や基本計画の策定を行いました。
コウノトリを呼び戻すために厳しい基準の農法を行っている
───コウノトリに関する取り組みに力を入れていると伺ったのですが、こちらについて詳しく教えてください。
谷口さん 有志の農家が集まり、JA越前たけふの部会として、平成21年1月29日に「コウノトリ呼び戻す農法部会」が立ち上がりました。環境に優しく、安全安心でおいしいお米を育てることにより、絶滅寸前だった昭和46年に日本で最後に住んでいた地域のひとつである越前市に、コウノトリを呼び戻すことを目的とした部会です。
コウノトリ呼び戻す農法の基本的な考え方としては、「生き物を大切にすること」「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと」「遺伝子組み替え技術を利用しないこと」の3つが挙げられます。
───コウノトリ呼び戻す農法では、どのような基準が設けられているのですか?
谷口さん 栽培要件では、基本となる無農薬・無化学肥料栽培の他にも、中干延期の実施を行っています。水田は、通常6月頃に水を抜いて田を乾かす「中干」という作業を行いますが、田んぼを乾かす時期を延期し、オタマジャクシやヤゴが孵化する7月上旬まで水を溜めておくという取り組みです。また11月~1月までの期間で、2ヶ月間水を溜めておく、冬期湛水という取り組みで渡り鳥の休息地を作り、餌を食べて糞をするという循環が生まれます。
他にも、水田と水路をつなぐことで、魚が水田に遡上できるようにするための「水田魚道」や、水田にいるオタマジャクシや魚が、中干のときに避難するための「水田退避溝」などの取り組みも含め、多数の栽培要件を満たしたもののみが、コウノトリ呼び戻す農法部会のお米として扱われます。
───かなり厳しい要件が設けられているのですね。安全安心のためにはどのような取り組みが行われていますか?
谷口さん 平成21年には、農薬を減らす取り組みとしてJAに温湯消毒装置を導入しました。種もみは、一般的には消毒液につけて行いますが、60℃のお湯に10分ほどつけておくことでも農薬と同等の効果が得られます。こうした支援を行いながら、環境調和型農業を推進してきました。
県の特別栽培農産物認証制度は個人での申請はハードルが高いため、県と市とJAが協力して行っています。相談会では、特別栽培を行う上での圃場地番の確認や書類作成のお手伝い、研修会では栽培技術の説明や今年の評価を行うなど、三位一体で行っている取り組みです。
県の認証を受けた農作物には、農薬と化学肥料の使用量に応じて4種類のうちどれかの認証シールを貼ることができます。コウノトリ呼び戻す農法部会のお米は農薬も化学肥料も一切使っていないため、最も審査が厳しい認証区分1の認証シールが貼られています。
取り組みが実を結び野外での巣立ちにまでつながった
───実際に、コウノトリは戻ってきたのですか?
谷口さん 取り組みを進めていたところ、平成22年4月1日にコウノトリが白山地区に飛来し、107日もの間滞在しました。これを期に機運が高まり、特別栽培米の認証などが進む一因になりました。福井県は、平成23年に白山地区で、兵庫県から2羽のコウノトリを借り受け、飼育・放鳥事業を始めました。平成24年にはコウノトリを越前市の「市の鳥」に指定しています。
───呼び戻すだけではなく、飼育もされているのですね。コウノトリの数は増えているのでしょうか?
谷口さん 福井県が行う飼育・放鳥事業では、平成26年から30年までに、兵庫県立コウノトリの郷公園から有精卵の提供を受けるなどして、合計9羽を放鳥しました。また越前市では市民と共に、放鳥されたコウノトリの餌場環境の創出と整備に取り組みました。
こうした取り組みが実り、放鳥された9羽のうち2羽が越前市に戻り、それぞれペアを見つけ、野外での営巣を始めました。令和元年には国内で55年ぶりに野外でのふ化を確認することができました。この年は残念ながら巣立ちにまでは至りませんでしたが、令和2年から4年間続けて野外でコウノトリが巣立ちました。現在までに合計21羽の巣立ちが確認されています。
取り組み面積は順調に拡大
───コウノトリ呼び戻す農法の取り組みは順調なのですね。具体的に数値に表れているものはありますか?
谷口さん コウノトリ呼び戻す農法部会での取り組み面積は、令和4年度の15.6ヘクタールから令和5年度には31ヘクタールとほぼ倍増しており、ようやく目に見える形で成果が出てきました。有機農業の取り組み面積も、現在では延べ面積で100ヘクタールに迫るところまで広がっています。こうした農業での取り組みが、越前市のSDGsに関した取り組みになっています。
コウノトリが舞う里を目指してさらに魅力ある街へ
環境調和型農業やコウノトリ呼び戻す農法に取り組むことで環境やSDGsにも貢献している越前市ですが、課題や今後についてはどのように考えているのでしょうか。ここでは、有機農業の課題や今後の展望、今後できるおすすめのスポットについてお聞きします。
さらに拡大させるためには高齢化が課題
───取り組みを行うにあたって、どのような課題があるとお考えですか?
清水さん 当市の国際水準の有機農業面積はこれまでずっと右肩上がりで進んでおります。越前市として有機農業に力を入れていくために、国や県、市からの補助金を農家の皆様へ周知して後押ししています。多数の農家の方々に非常に前向きに取り組んでいただいておりますが、高齢化はやはり避けることのできない問題です。体力面、体調面から離農する方も出ておりますので、高齢化に対処しながら拡大していくことが当市として必要な課題であると考えています。
買取価格の調整や新技術の導入で参入ハードルを下げている
───有機農業を行うことは慣行栽培と比べるとハードルが高いと思いますが、何か対策はされているのでしょうか。
清水さん 国際水準の有機農業の収穫量は、農薬も化学肥料も使用する慣行栽培と比較しておよそ半分ほどになってしまいます。そこを補うために、コウノトリ呼び戻す農法部会のお米は、JAが慣行米市場価格の約2倍で買い取りをすることで、収入が下がらないようにする工夫を行っています。有機農業は安定して栽培することが難しいので、越前市で大規模に有機農業に取り組んでいる農家さんの持つ技術を参考に、有機農業へ新規に取組むハードルが下がるように支援しています。その他にも、スマート農機の導入による収量向上や省力化について検討や実証を進めるなど、さまざまな施策に取り組んでいるところです。
今後も協力体制を密にして国の目標を目指す
───SDGsに関連して、今後はどのような取り組みを行っていこうとお考えですか?
谷口さん 越前市では幸いなことに、取り組みを始めてから成果(環境調和型農業の取組面積の拡大・コウノトリの飛来)が出るまでにそれほど時間は要しませんでした。それはなぜかというと、コウノトリ呼び戻す農法部会の立ち上げのみならず、特別栽培米生産者への営農指導・支援の継続などといったJAの協力があったこと、福井県のコウノトリ飼育・放鳥事業が行われたことなど、多くの支援があったからです。今後も越前市では、さまざまな協力体制の下に環境調和型農業を継続していきます。
───何か具体的な取り組みは予定されていますか?
谷口さん 国の計画では2050年に耕地面積に占める有機農業の耕作面積を25%に拡大するとなっていますが、こちらの数値はかなり高いハードルです。しかし越前市ではその数値を目指していくために、誰もが取り組めるようにするためのマニュアル作りを行っています。
こうしたマニュアルを活用することによって有機農業に取り組む難易度を下げ、チャレンジする気運を高めていくことができれば、国の掲げる目標の達成にも近づくはずです。そして有機農業の広がりはSDGsにもつながりますので、コウノトリの取り組みも絡めながら今後も展開していきます。
───25%は確かに高い目標に感じますね。現在の進捗はどの程度なのでしょうか?
清水さん 2023年度概算で当市の耕地面積に置き換えますと、有機JAS取得面積は約2.5%ですが、有機水準に近い無化学肥料・無化学農薬で栽培している耕地を含めますと約8%となっております。有機JASは取得に向けた記録や事務手続きなどのハードルが高く、まだまだ解決しなければならない課題がありますが、2050年までに目標を達成するために、さらに面積拡大をしていきたいです。
農業を継続することで自然を守る新たな取り組み、自然派ワインや麦・そばプロジェクト
───記事を見て越前市に行ってみたいと思った読者の方向けに、新しいおすすめスポットや注目イベントがあれば教えてください。
谷口さん 越前市西部にある白山地区の耕作放棄地を活用して、ワインの原料となるブドウの生産を始めた企業があります。その企業では、新幹線の越前たけふ駅近くでワイナリーを建設し、西欧品種を無添加・無ろ過で醸造する自然派ワインの取り組みも始められています。来年2月には、地元ワインと地元食材を使用したレストランをオープンされる予定です。
また、イチゴ農家が経営するカフェでは、イチゴを使用したパフェやケーキの販売も始めました。さらに、ファミリー向けレストランも来年度のオープンに向けて建設中です。
これらは今までにお話した「コウノトリが舞う里づくり事業」「環境調和型農業」に次ぐ、越前市の3つめの取り組み「有機栽培農作物の6次化」の一環です。
「6次化」とは、農作物の価値を上げるための農家の新たな取り組みの1つです。農作物を作るだけではなく、それを食品に加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)することで農業を活性化させ、経済を豊かにしていこうとするものです。当市ではコウノトリブランドをはじめ、多数の6次化事業を応援しています。先ほどお話した通り、越前市も高齢化などの理由から離農する方も出ています。農家が農業を続けてくれる事が自然を守ることにつながりますので、この取り組みを活性化させることはSDGsを進める観点からも、市として必要な課題だと考えています。
───越前市白山地区で栽培されたブドウを使用したワインは、新たな特産品として有名になるかもしれませんね。他にもおすすめはありますか?
谷口さん 新幹線の令和6年3月16日開通に併せて、1年限定の「麦・そばプロジェクト」という取り組みを行っています。現在、越前たけふ駅の周りは水田しかない状態ですが、駅前に麦とそばの二毛作圃場を作る計画を進めています。来年の5月下旬から6月上旬には麦畑で麦秋が、9月下旬から10月にはそばの花がそれぞれ見られるようになります。美しい風景を見に、ぜひ足を運んでいただきたいです。
コウノトリが舞う里になるために取り組んでいく
───最後に、読者の皆さんへのメッセージをお願いします。
若野さん 越前市では、取り組みの甲斐もあり年々コウノトリの営巣数や巣立ちする個体も増えてきています。それをさらに推し進めるべく環境調和型農業を推進し、コウノトリをシンボルとした、コウノトリが舞う里そのものになれるように取り組んでいきたいです。
───本日は貴重なお話をありがとうございました。
越前市は環境に配慮した取り組みでコウノトリが舞う里へ
「越前」という地名は有名ですが、実際にお話を聞くことで越前市のさまざまな魅力を知ることができました。コウノトリを呼び戻すための取り組みは、結果としてSDGsにも貢献している素晴らしいものです。
越前市の取り組みや観光スポットに興味がある方は、ぜひ1度ホームページを覗いてみてはいかがでしょうか。
▼越前市のホームページはこちら
越前市ウェブサイト
▼コウノトリに関する特設ページはこちら
コウノトリが舞う里づくり ~これまでの歩み~ – 越前市
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