名古屋大学星野先生のSDGs|国際化を進め学生の可能性を広げる取り組み

名古屋大学星野先生のSDGs|国際化を進め学生の可能性を広げる取り組み

2024.08.23(最終更新日:2024.08.23)
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名古屋大学国際戦略室で准教授を務める星野先生は、大学の国際化や留学生支援についての研究に従事しています。主に教育の観点から行われる星野先生の研究は、SDGsとも深いつながりがあります。

今回は星野先生に研究内容や経歴、今後行いたい研究などについて伺いました。

研究テーマと経歴


SDGsとも密接な関係にある星野先生の研究について、具体的にどのような研究を行っているのでしょうか。また、名古屋大学に勤められるまでの経歴もお聞きします。

主な研究テーマは大学の国際化

───本日はよろしくお願いいたします。まずは、星野先生の専門分野や主な研究テーマについてお聞かせください。

星野先生 名古屋大学国際本部、国際戦略室准教授の星野晶成と申します。主に大学の国際化についての研究を行っています。具体的に実務の仕事として携わっているのは、グローバル人材育成や各国の国際教育政策・戦略の動向把握や比較などです。

世の中がグローバル化していることで、異なる言語、バックグラウンドを持つ学生や教員が国境を超えて行き交うことが容易になっています。そういった人たちが国境を越えて新しい土地に行った時に、異なる教育システムの中で学習しやすいような環境を整備するためにはどうすれば良いか、また、国境が薄れていく中で世界的な大学教育の位置づけやあり方を再検討・再構築したりすることが研究テーマです。

特に私は、実務的な仕事や研究のテーマも含め、日本から海外に行く学生が「なぜ特定の国に行くのか」「現地に行ってどのような学びが得られるのか」「そしてその学びを最大限に得るためにはどのような教育的介入ができるのか」に興味を持って研究しています。

近年は東南アジアが留学先として人気に


───日本から海外に行く学生は特定の国に行くとのお話でしたが、どういった国に行く学生が多いのでしょうか。

星野先生 現在は円安のため多少事情が異なるかもしれませんが、コロナ前にはアメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリアに代表される英語圏の先進国へ、中長期で留学する学生が多い傾向にありました。しかしあるときから、タイやフィリピン、マレーシアなどの東南アジア方面に、短期間で留学する学生の数が急激に伸びていきました。

なぜそのような現象が起こっているのかといえば、まずは費用が安いことです。そして非英語圏ではあるものの、アメリカやイギリスなどの占領下にあった国が多く、英語が公用語になっている国が複数あるため英語が(で)学べます。これらの理由から、短期間での東南アジアへの留学が増えていったと考えることはできます。それ以外に、研究を進めてわかってきたこともあります。例えば、これまで日本の大学は、国際協力・支援という観点から東南アジアの留学生を修士・博士課程に多く受け入れてきました。そして、彼らが学位取得後に自国に帰って、日本の大学と元指導教員との深い繋がりを継続していることで、日本との学生交流が活発になっていることも見えてきました。

香港やミネソタ大学での学びを経て日本での就職へ


───星野先生ご自身は、どのような留学経験をお持ちなのでしょうか。

星野先生 国際系の仕事に就いている人は、帰国子女など英語が堪能な印象があるかもしれません。しかし私は、大学1年生までパスポートを持ったこともありませんでした。語学や異文化体験に興味を持ち始めたのは、高校生活の終わり頃からです。留学経験としては、大学の交換留学で香港に1年間留学しました。香港は英語が公用語であり、大学の授業はすべて英語で実施されています。しかし、香港人は日常的に広東語を使用しているため、ある意味非英語圏への留学といえるかもしれません。

その後大学を卒業し、半年空けてアメリカのミネソタ大学の大学院(修士課程)で学びました。2年間の修士課程が終わり、初めて就いた仕事が関西外国語大学国際交流部の職員で、こちらでは6年間働きました。大学職員は5年や6年ごとの人事異動で部署が変わるのですが、この大学は非常にユニークで、基本的に人事異動がないという前提で雇用されました。

しかし大学執行部が変わると事情も変わり、人事異動がない条件も怪しくなってきたため、2012年に名古屋大学に教員として転職しました。しかし、博士号を取得していなければ教員ポストを継続して更新してもらえないため、2014年から働きながら博士課程に進学しました。そして2020年11月に博士号を取得し、大学教員としての体裁が整えることができました。

興味のきっかけはALTからの誘い

───語学や異文化体験に興味をお持ちになったのは、高校生活の終わりころというお話でしたが、どのようなきっかけがあったのでしょうか。

星野先生 私の高校時代はどちらかというと体育会系であまり勉強もせず、語学や英語に対する興味は持っていませんでした。私の通っていた高校は小中高大一貫校であったため、他大学へ受験しない場合は3年生の夏終わりくらいには附属大学への内部進学が決まります。そのため、2学期と3学期はとても自由な時間があり、運転免許を取りに行ったりバイトを始めたりする人が増えます。私自身もその一人でした。

そんな風に空いた時間を過ごしていた私を見かねたALT(Assistant Language Teacher)の先生が声をかけてくれ、私は毎日昼休みに英語で会話をしに行くようになりました。最初は全くわからなかったのですが、ALTの先生は私が言おうとしていることを親身になって聞いてくれ、また私に対しても色々なわかりやすい方法と英語で伝えようとしてくれました。自分の知らない言語で何かを伝えたり、その言語で何かがわかったりすることがとても嬉しく新鮮だったことを覚えています。このことがきっかけで、英語や海外、異文化などに興味を持ち始めました。

───ALTの先生が声をかけてくれたのがきっかけだったのですね。その後、大学ではどういったことを学ばれたのでしょうか。

星野先生 大学では文学部人文学科に所属し、歴史や考古学、人類学を学びました。文学や歴史に強い興味を持っている静か目な学生が多く、体育会系寄りの自分としてはあまり仲の良い友達が作れませんでした。高校時代後半から刺激を受けていた語学や異文化への興味から外国人留学生と日々を過ごすようになりました。こうして、自分の専門よりも異文化交流や国際交流に興味を持ち始め、その流れで自分自身も海外に行きたいと思い始めることになります。

その後英語の勉強に励み、交換留学で香港に行きました。香港を選んだのは歴史に興味があったからです。当時は香港が返還されて5、6年経った頃で、香港人の意識にどのような変化があるのだろうと思っていたのですが、現地で盛り上がっていたのは、ディズニーランドについての話題でした。「ディズニーランドを香港でオープンすることがどれほど危険な思想であるか」を社会学的に分析している研究者が当時はいて、そこに興味を持ったため香港で社会学を勉強しました。これが歴史や人文学より社会学に興味を持ち始めたきっかけです。私は留学によって自分の興味が変わりました。

ミネソタ大学で学んだ留学生支援


───留学によって興味が変わるというのは貴重な体験ですね。

星野先生 自身の留学経験を通して気付いたのが、当時は海外留学する学生をサポートする大学としてのシステムがあまり充実していなかったことです。私自身も、当時の香港のホットな状況を知っていたら、もっと違う下調べをして渡航できたのではないかという後悔があります。

そこで、留学したい学生をサポートするためにはどうすれば良いのか、留学経験を最大限にするためにはどうすれば良いのかといったことに興味を持ち始めるようになりました。日本に帰って就職活動を行うより、もう少し勉強したいという気持ちが高まったため、ミネソタ大学のCurriculum & Instructionという教員養成の大学院(修士課程)に入りました。

───ミネソタ大学を選んだのは、どういった理由からだったのですか?

星野先生 ミネソタ州はベトナムやソマリアからの難民・移民を多く受け入れています。そのため私が所属していた大学院では、ミネソタ州に来た難民・移民に対して、彼らのアイデンティティや言語などを尊重しつつどのような教育を提供し、アメリカでの生活を充実させ、自身の幸福を実現していけるのかといったことを研究・実践していました。

私は、人が異文化に入った時の心理的変化や成長について、ポジティブな効果を創出していくには、どのような教育的支援や介入ができるかといったことを研究テーマとして、さまざまな教育現場などに出向きました。大学院の授業は基本的に言語教師を育成するための科目が多かったのですが、私が研究したのは日本から留学する学生に対する支援についてです。

このプログラムの良いところは毎学期必ず2か月間のインターンがあるところで、午前中は教育の現場でインターンを行い、夕方に大学院で授業を受けるといった形になっていました。私は小学校の日本文化を学ぶプログラムや小・中・高校のESL(移民や難民のバックグランドを持つ生徒が英語を学ぶカリキュラム)に教育実習生のような形で参加して、修士課程を終わらせました。

仕事の割合は運営支援が多い


───その後関西外国語大学でお勤めです。こちらではどのような仕事に従事されていたのですか?

星野先生 関西外国語大学での仕事は、教員ではなく職員だったので教育実務が多く、研究を求められることはありませんでした。2012年以降は名古屋大学で教員として転職し、教育と研究の比重が増えたものの教育実務は変わらず行っています。

多くの人は、大学教員は教育や研究を中心に行っている印象を持っていると思います。しかし国際教育交流センターや留学センターに所属する教員は、教育実務に対する比重が非常に高くなることが多いです。例えば私の場合、業務の約7割が運営支援といわれる教育実務の仕事です。

───運営支援では、具体的にどのような業務を行っていたのでしょうか。

星野先生 運営支援の具体的な業務内容は、例えば、2023年12月ごろまでは、交換留学の調整、留学プログラム開発・運営、留学生の選考、そして学生の留学相談・指導が主なところです。他にも協定校との調整や協定書のやり取り、文科省への奨学金申請なども行っています。それに関連して、大学の国際化に関する授業も担当しています。

私は、グローバルエンゲージメントセンターという大学の国際教育交流の中心となる部署で、主に派遣留学の担当教員として十数年間働いてきました。例えば海外の国際教育大会に行って、名古屋大学のブースを設置して協定校と協議したり、教育プログラムを開発し、学生に引率したりして、どのような教育的指導や教育的関与ができるかを実践したりしていました。他にも、海外渡航する学生に対していろいろな教育的な問いを投げかけたり、刺激を与えたりすることも行っています。

───学生と一緒に海外に行かれることもあるのですね。どういった国に行くことが多いですか?

星野先生 東南アジアやヨーロッパ、アメリカなど、さまざまな国に学生引率を行っています。

近年はより大きな枠組みでの仕事へ


───最近、従事する業務が変わったと伺っています。どのように変わったのですか?

星野先生 2024年の1月以降は、留学支援するためのもっと大きな枠組みを構築する仕事に従事しています。例えば、大学の国際戦略の策定や見直し、実態のチェック、より大きな国の補助金への申請などです。

ここ最近で特に忙しかったのが文科省の「ソーシャルインパクト創出支援事業」という1.5億円規模の補助金事業申請に関する業務です。この事業に申請するため、50ページほどの申請書をチームで作成する仕事がここ最近ではありました。

留学の実態と留学が持つ可能性


香港留学やミネソタ大学での学びを経て日本に戻られた星野先生。多岐にわたる業務内容や研究についてよくわかりました。では、星野先生が関わる留学の実態はどうなっているのでしょうか。ここでは、留学の実態と留学が持つ可能性について詳しく伺います。

留学は可能性を広げる

───名古屋大学では、年間どのくらいの人数の学生が海外留学に行っているのでしょうか。

星野先生 令和5年度は1,300人ほどの学生が海外に行っています。ただ、この数字は大学院生などの国際学会への参加・発表などを含めた数字です。そういったものを除いた海外留学に限定すると750人強です。また、外国人留学生として本学にわずかでも滞在した学生は約2,600名です。1,300人の海外派遣を最終的には2,000人程度まで伸ばし、2,600人の外国人留学生も3,000人から4,000人まで伸ばしていきたいという野心的な目標を名古屋大学では掲げています。

───海外留学する日本人学生の数より、日本へ留学する外国人留学生の数がかなり多いのですね。

星野先生 名古屋大学に限らず、日本全体で外国人留学生の方が圧倒的に多いです。政策的にも「留学生受入れ10万人計画」や「留学生30万人計画」など、どちらかというと日本は外国人留学生の受入れに力を入れてきました。しかし、2023年に公表された文科省の方針では、2030年までに日本人留学生を50万人に増やし、外国人留学生を40万人に増やすとされています。留学生の受け入れが先行してきた方針が逆転したことで、日本人学生を海外留学させるトレンドができつつあると感じています。

───これからはどんどん日本人の海外留学支援の流れができそうですね。

星野先生 留学をしたからといって、すぐに目に見える成果が出るわけではありません。個人的にはその経験はボディブローのように少しずつ効いてくるものだと思っています。日本で生まれ育った人の多くは日本から出なくても生きていけることを知っていますし、出る必要を感じないでしょう。その通りだと思います。一方で、海外経験の有無や外国語ができることで可能性が大きく広がります。自分自身の可能性を広げる一つの選択肢として、私は留学を紹介しています。

異なる価値観を知ることで相手の立場に立てるように


───たしかに、海外でしか得られない経験をすることで可能性が大きく広がりますよね。他にも、留学することで得られることには、どのようなものがあるとお考えですか?

星野先生 今の世の中は平和とはいえず、世界で摩擦や衝突が起きています。そして、なぜ摩擦や衝突が起こるのかといえば、お互いの異なる立場を理解できず、他者の状況・意図を見過ごして物事を追求してしまう現状があるのだと思います。

ですので、やはり一度は日本を出て、自分が少数派になり別の立場から物事を考える体験が大事だと思っています。言語や文化が異なる人たちとの活動で生じる価値葛藤や困難を乗り越えることで、新しい視点と達成感を得てもらいたいです。自分とは異なる特徴・スキルを持った人と一緒に学び、働くことで、自分にとってプラスになることがあり、自分一人でできなかったことができるようになるという感覚を身につけてほしいです。それが最終的には相手の立場に立って考えることにつながり、自分だけではなく相手も幸せになるよう方法を、常に模索できる人間になれるのではないかと思います。

名古屋大学が用意する手厚い奨学金制度

───違った価値観を知ることで、相手の立場に立って物事を考えられるようになるのですね。ただ、留学に行きたいと思っても、留学にはお金の問題がどうしてもつきまといます。名古屋大学では奨学金の制度を複数用意されていると伺いました。

星野先生 大学独自のものとして、名古屋大学基金があります。これは卒業生を中心とした方々から寄付を募って運用し、出た利益を原資にして海外留学する学生を支援するという仕組みです。これは年間100人ほどに支給しています。

もう一つは日本学生支援機構(JASSO)という文科省の外郭団体の海外留学支援制度(通称:JASSO奨学金)です。JASSO奨学金を利用して、協定校に留学する学生を支援しています。この制度では、月額7万円から10万円の奨学金が受け取れます。例えば交換留学で一学年間、協定校に留学すると、約10か月間留学することになります。一般的な都市に行くと仮定すると月額8万円が支給され、トータルで80万円もらえるという給付型奨学金です。しかしこの円安の時代に8万円では足りないため、学生もある程度は自己負担をしなければならず、ここが少々問題になっている点です。

本学では、単位化されているプログラムで渡航する場合には、比較的大きな割合でJASSO奨学金からの給付を受けられるため、海外留学支援制度はある程度手厚いのではないかと思います。

留学生との良好な関係から増えた東南アジアへの留学

───留学先として東南アジアを選ぶ学生が増えているとのことですが、これにはどういった理由があるのでしょうか。

星野先生 今では、フィリピンのセブ島での英語留学は定番の留学になりつつあります。しかし今の40代の人の学生時代には、フィリピンや東南アジアに行くのはバックパッカーか、よほどその国に惹かれた人くらいでした。それがいつの間にか人気の留学先になっています。

私費留学も多いですが、特に大学のプログラムで東南アジアに渡航する人数が増えていることがポイントです。先ほども少しお話ししましたが、これまで日本政府主導の10万人計画や30万人計画といった政策で、東南アジアから多くの外国人留学生を国立大学を中心に理工系部局に受け入れてきました。彼らは日本での学位取得後に、自国の大学に戻って教員として働くことが多くあります。

すると、日本の大学の元指導教員との関係が良好であれば、共同研究や教育交流がずっと続いていきます。ここでの活発な活動が学生交流にもつながり、東南アジアへの留学が増えていきました。中でも特に増えたのが理工系の学生の東南アジア渡航です。

───東南アジアに理工系が強いというイメージがないので、かなり意外です。

星野先生 世界の先端を走る日本の理工学系の学生が、あえて東南アジアに留学に行くことをイメージする人は、そう多くないと思います。しかし、教員同士の師弟関係があることや、日本で学位を取った人たちが日本とつながっていることから学生交流が活性化している事例が多く確認できます。

また、日本人学生がいきなりアメリカやイギリスといった先進国の理工系分野に留学したとしても、語学力がままならないという問題があります。一方、東南アジアでは現地学生は公用語もしくは外国語として英語を学んでいるため、お互いにがんばって理解しようとし、意思が伝われば問題なしという感じにもなります。ですので、英語が第2言語同士で交流する方が心理的にコミュニケーションのハードルが下がります。

また、東南アジアの学生の多くは日本に対して好印象を持っている方が一般的に多いため、お互いにWin-Winの関係が築けます。英語や専門分野を学ぶための東南アジアへの留学が増えていることには、こうした背景があると思われます。

マクロに広がる星野先生の研究


留学には学生の可能性を大きく広げ、選択肢を増やす力があることがわかりました。では、星野先生は今後どのような研究をして、どのように学生と関わっていこうとしているのでしょうか。

ここでは、星野先生の今後の研究と仕事の展望についてお聞きします。

今後は多様な概念からの研究へ

───星野先生は、今後どのような研究や仕事をされたいとお考えですか?

星野先生 今後は政策などに携わり、もう少しマクロで概念的な研究や仕事を行いたいと考えています。特に今計画し調査しようとしているのが、大学の国際化の再検討と再構築についてです。大学の国際化は誰が作ったもので、その概念は誰にとって恩恵があるのかというところを、私たちは今まで疑問に思ってきませんでした。それは、ある程度恩恵を受けているから、当たり前と思ってしまっているのだと思います。しかし、現在の大学の国際化というものは、非常に先進国優位な概念になっています。

例えば、さまざまな大学の世界ランキングは「国際性」、「国際共同研究」、「引用論文数」などによってランキング順位が変わります。こうした仕組みは、もともとこういったバックグラウンドがある英語先進国であるアメリカ、イギリス、オーストラリアといった国が断然有利になるわけです。そしてランキングとして順位が公開されることで、それを見た留学生や研究者がランキング上位校への入学や研究先を希望し、集中します。

ですので、これからがんばっていこうとする新興国・途上国の大学が大学の国際化に取り組もうとしても、優秀な人材は全て先進国に引き抜かれてしまいます。これは本当に平等といえるのでしょうか?本当に大学の国際化といえるのでしょうか?教育というものは本来協調的、協力的なものであって、競争ではないはずです。それがいつの間にか英語先進国のリードによって競争原理が働き、彼らにとって優位な形で進行していることに対して研究者が懸念を示しています。

大学の国際化は、もっと多様な国際化があっても良いのではないでしょうか。ランキングや留学生の受け入れ人数、英語の科目数、そうしたものが国際化の全てではありません。大学や国の地理的背景や歴史的背景も含め、さまざまなタイプの国際化があって然るべきです。ですので、今後はそういった多様な概念からの大学の国際化の研究を行いたいと考えています。

新たなプラットフォームの構築や留学生への教育支援も

───先進国の大学だけが上位になりやすい現状は、たしかに平等な国際化とはいえませんね。他にも行いたい研究や仕事はありますか?

星野先生 私の国際教育者としてのキャリアは、20代の教育実務や事務的な仕事から始まって、30代では学生対応やプログラム開発・運営などを行い、40代に入った今では大学としての国際教育展開を考える戦略に関係する仕事に移り変わっています。このまま進んで50代60代になるころには、国の政策に関わるような仕事もできればと考えています。

私は海外経験によって強い刺激を受け、節目節目で自分の興味が変わりました。それが結果的に長い目で見ると、良い方向につながっていったと思います。そういったポジティブな経験をしているため、海外経験を希望する人に対しては常に支援したいですし、環境を整えてあげたいと思っています。お金や能力のあるなしに関わらず、希望する学生全てが留学できるプラットフォームを構築したいですし、留学する学生の体験を最大限にするような仕組みを作っていきたいです。

学生に後悔させないための体制構築でSDGsに寄与していく


───最後に、読者の皆さんへのメッセージをお願いします。

星野先生 過去10年間で政策的支援は多くありました。一方で現状はまだ金銭的に余裕のある学生にしか留学の選択はありません。日本から留学できる大学生は、全大学生の3%ほどです。ですので、教育の平等や多様性の観点から考え、日本国内にいながらも海外体験と同等な質の高い教育を提供することができるプラットフォームの立ち上げを常に考えています。

また、「お金がなかったから留学に行けなかった」「英語力が足りなかったから留学に行けなかった」このような後悔をもつ学生を生み出したくないと考えています。そして、留学した学生が「留学に行かなければ良かった」という後悔もさせたくありません。現地での学びが最大限になるように、そして学んだ経験がキャリアや新たな目標など次のステップにつながるような体制を構築していきたいです。

これは大きなビジョンとして自分が持っているところで、そこにどのようにアプローチしていくかを、ミクロからマクロの形で自分の年齢と経験に伴って進めています。日本の大学生全員が留学に行くことはおそらく不可能なことでしょう。しかし、それを実現させたいという気持ちを持って働くことが、SDGsにつながってくるのではないかと思っています。

───本日は貴重なお話をありがとうございました。

これからも学生に寄り添って国際化を進めていく

星野先生の研究は、学生に寄り添って選択肢を増やし、無限の可能性を感じさせる素晴らしいものでした。その研究は教育の観点からSDGsにも寄与し、さまざまな観点から学生の未来を支えてくれるものだとも感じました。次のステージへ進もうとしている星野先生の今後の研究には、期待せずにはいられませんね。

星野先生の研究や名古屋大学についてもっと知りたい方は、ぜひホームページを覗いてみてはいかがでしょうか。

▼名古屋大学国際本部のホームページはこちら
名古屋大学国際本部・GMC

▼星野先生について、詳しくはこちら
研究者詳細 – 星野 晶成

この記事の執筆者
EARTH NOTE編集部
SDGs情報メディア
「SDGsの取り組みを共有し、循環させる」がコンセプトのWEBメディア。SDGsの基礎知識や最新情報、達成に取り組む企業・自治体・学校へのインタビューをお伝えし、私たちにできることを紹介します。
身近なアイデアを循環させて、地球の未来をつなげていきましょう。皆さんと一緒に取り組んでいけたら幸いです。
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