SDGsに取り組む「田沢湖クニマス未来館」は学びを提供し田沢湖とクニマスの未来を創る

SDGsに取り組む「田沢湖クニマス未来館」は学びを提供し田沢湖とクニマスの未来を創る

2023.08.23(最終更新日:2023.11.13)
この記事のタイトルとURLをコピー

田沢湖クニマス未来館は田沢湖の湖畔に建てられた秋田県仙北市の田沢湖再生を目指す拠点施設です。今回は田沢湖とクニマスについて学ぶことができる、田沢湖クニマス未来館の館長である田口さんにお話を伺いました。
田沢湖クニマス未来館とはどのような施設なのか、田沢湖にクニマスを戻すための取り組みにはどのようなものがあるのかお聞きします。また、田沢湖やクニマスにかける想いや今後の展望についても聞いていきます。

田沢湖クニマス未来館は仙北市で田沢湖とクニマスの未来を考える

秋田県仙北市が運営している田沢湖クニマス未来館は、SDGsへ取り組む仙北市の理念に基づいた取り組みをしています。ここでは仙北市とSDGs、田沢湖クニマス未来館の見どころや田沢湖とクニマスの関係について聞いていきます。

SDGs未来都市に選定された秋田県仙北市で運営している

───本日はよろしくお願いします。まずは、秋田県仙北市とSDGsについてお聞かせください。

田口さん 秋田県仙北市は、平成30年6月に国からSDGs未来都市に選定されました。SDGsに向けた取り組みを具体化した『仙北市SDGs未来都市計画』を策定し、経済、社会、環境の三側面の取り組みにより、「誰ひとり取り残さない」まちづくりをめざしています。
仙北市SDGs未来都市計画では、2030年のあるべき姿として「自然と調和した潤いある暮らしを実感するまち」を掲げており、その目指すゴールの1つが、田沢湖の水質の中性化なのです。

田沢湖クニマス未来館は田沢湖の歴史や現状を学べる施設

───田沢湖クニマス未来館の概要や、主な見どころなどを教えて下さい。

田口さん 田沢湖クニマス未来館は2017年7月に田沢湖再生に向けた環境保全意識等の向上と田沢湖周辺における新たなにぎわいの創出を図るために設置され、田沢湖やクニマスの歴史、田沢湖の現状などを学習していただける施設になっています。

1番の見どころとしては、秋田県を通じて山梨県から借り受けているクニマスを生体展示している、水槽で生きている姿が見られるところです。
なぜ田沢湖の固有種クニマスが絶滅したのか。その理由、また、山梨県西湖で発見された経緯。そして、田沢湖を今後どうしていきたいかなどの学習をしていただけるのも見どころになっています。

当館は秋田県内だけではなく、ありがたいことに日本全国からご来館いただいていて、2023年の6月18日には通算来館者数10万人を達成することができました。今後も全国から多くの方に来ていただけたらと思っています。

───館内にはどのような展示があるのですか?

田口さん 館内は大きく3つに区分けされていまして、第1室には実際にクニマスを展示している水槽があります。また、クニマスはどんな魚なのか。田沢湖はどんな湖かをジオラマやパネルで解説しています。

第2室では昔の田沢湖の漁業や人々の暮らし、漁で使った丸木舟や漁具などの展示、第3室ではクニマスが山梨県西湖で見つかった経緯や田沢湖の再生の取り組みなどを展示しています。

また、館内の展示パネルをさらに詳しく解説している小冊子も販売していて、もっと詳しく知りたい方には大変面白い内容だと思いますので、こちらもぜひご覧いただきたいです。

クニマスは水深日本一の田沢湖で湖畔の人々から愛された魚だった

───クニマスが生息していた田沢湖の概要や、クニマスについて具体的に教えていただけますか?

田口さん 田沢湖は水深423.4mで、 日本一の深さを誇る湖です。また、直径は約6km、1周約20kmの淡水湖になります。180万から170万年前にできたカルデラ湖なのですが、玉川の酸性水を引き込んだため酸性化して、酸性に強いウグイなどの魚しか生息していません。しかしかつては20種類以上もの魚が生息し、漁業を中心とした生活が営まれていた湖でした。

クニマスは田沢湖の固有種(世界中でそこにしか生息していない種)でした。クニマスは「國鱒一匹、米一升」と言われるほど貴重とされていた魚で、領主への献上物や祝い事、見舞いの際の贈り物とされていました。貴重な魚だったため、地元の人たちが口にできるのはごく僅かな機会だけだったそうです。

一般的にサケ属の魚は海で育ち、成熟すると生まれた川に戻って産卵します。たとえば、ヒメマスはベニザケの陸封型ですが、湖を海の代わりにして一生を送り、湖へ流入する河川に遡上して(あるいは湖の浅瀬で)産卵します。ところが、クニマスは湖の浅瀬ではなく深い湖底で産卵するという、特異な特徴をもった魚です。

酸性化により姿を消したクニマスを戻すためには田沢湖の中性化が必要

地元で愛されていたクニマスは、なぜ田沢湖から姿を消してしまったのでしょうか。ここでは田沢湖でクニマスが絶滅した原因や、田沢湖にクニマスを戻すための取り組みについて聞いていきます。

クニマスが姿を消した原因は玉川の酸性水

───田沢湖からクニマスが姿を消してしまうことになった原因について教えてください。

田口さん 1930年代初めに東北地方で歴史的な大凶作が起こり、それをきっかけに玉川の水の本格的な活用が始まりました。活用方法を考える上で問題になったのは、玉川の水は、農業用水に利用するには酸性が強すぎたことです。塩酸が主成分でpH1.2の玉川温泉水が流れ込むため、玉川の水は強い酸性だったのです。
そのため、玉川の水を田沢湖に導入することで酸性を弱める計画が立てられました。さらに、この計画では田沢湖の湖水を利用した発電所の建設も盛り込まれました。

地元の漁民は反対しましたが、1940年に玉川と先達川の水が田沢湖に導入されました。その結果、湖水は急速に酸性化し、クニマスは田沢湖から姿を消してしまいました。

クニマス復元プロジェクトにより西湖でクニマスが発見された

───クニマスが田沢湖から消えてしまったのは、大凶作が発端だったのですね。山梨県からクニマスを借り受けることになった経緯はどのようなものだったのですか?

田口さん 最後のクニマス漁師となった三浦久兵衛さんという方がいらっしゃったのですが、三浦家は代々クニマス漁に従事していたため、クニマス漁に関するさまざまな資料を残していました。残されていた資料には、山梨県の本栖湖と西湖へクニマスの発眼卵を譲渡したとの記録がありました。
その記録を読み、移植先のどこかでクニマスの子孫が残っていないかとの考えに至り、久兵衛さんは探し始めたのです。その思いに応えるべく地域をあげてのクニマス探しキャンペーンがスタートしました。

2010年、京都大学中坊徹次教授(現名誉教授)を中心としたクニマス復元プロジェクトにより、西湖でクニマスが発見されました。西湖の環境は、クニマスが生存していた当時の田沢湖の環境によく似ていたのです。現在は、日本中で西湖だけにクニマスが生存しています。

クニマスが発見されたことにより、田沢湖にクニマスを戻したいという思いから秋田県と仙北市は「田沢湖再生クニマス里帰りプロジェクト」を立ち上げ、この田沢湖クニマス未来館の建設、そして山梨県からクニマスを借り受けてクニマスを生体展示することに繋がりました。

田沢湖にクニマスを戻すためには現在約5.2のpHを6以上にする必要がある

───実際に田沢湖にクニマスを戻すとなると、具体的にどのような環境にする必要があるのですか?

田口さん 1989年に当時の建設省が、玉川上流部に酸性水中和処理施設を建設しました。この施設は玉川温泉水を石灰石に接触させて中和処理を行い、pH3.5以上になるようにして放流しており、1991年から本格的に稼働しました。1970年頃にはpH4.6だった水質が現在ではpH5.2前後まで改善されています。
しかし、pH5.2程度ではとてもクニマスが生きていける環境とは言えません。玉川導水前の生態系を回復するには未だほど遠い状況なのです。

秋田県の小中学生や高校生の力も借りてさまざまな取り組みをしている

───石灰での中和以外に田沢湖の環境のために行っている活動はありますか?

田口さん 石灰石を使用する方法以外にも、もっと違うアプローチでの取り組みも考えているところです。
具体的には秋田県内の高校生の研究活動により、田沢湖の水を電気分解することで中性化する実験も行われています。
また、鳴き砂で親しまれていた春山の浜辺のクリーンアップ活動も毎年行っており、地元の小中学生など多くのボランティアの方々に手伝っていただいています。
技術革新を生かして、かつ、地域の将来を担う若い世代も巻き込みながら、田沢湖の再生に取り組めればと思っています。

2015年には潜水カメラを使った大規模な湖底調査を行うなど、他にもいろいろな取り組みを行っていますが、田沢湖の水質の中性化にはまだまだ長い年月がかかるという見通しになっています。

多くの人と手を取り合いさまざまな取り組みで田沢湖の再生を目指していく

田沢湖にクニマスを戻す取り組みの着実な第一歩を踏み出した田沢湖クニマス未来館。未来の田沢湖やクニマスについてはどのような考えを持っているのでしょうか。
ここでは田沢湖クニマス未来館の展望や今後の取り組み、再生にかける想いについてお聞きしました。読者の皆さんへのメッセージもいただきました。

「田沢湖再生クニマス里帰りプロジェクト」で情報発信や企画展を行っている

───田沢湖再生クニマス里帰りプロジェクトという計画があるとのことですが、具体的な内容など教えていただけますか?

田口さん 実は、秋田県内でも田沢湖の歴史や現状を詳しく知っている方は意外と少ないのです。ですから、田沢湖のことをもっと知ってもらうために田沢湖再生クニマス里帰りプロジェクトを立ち上げました。
プロジェクトには田沢湖クニマス未来館の運営も含まれています。

県にも関わっていただいているのですが、やはり地元でもう一度盛り上げていきたいというのが正直な気持ちです。
私も田沢湖クニマス未来館の担当になってから田沢湖について勉強したのですが、担当になる以前はやはり田沢湖のことについて詳しく理解できてはいませんでした。地元の職員ですら理解が及んでいない部分がありますので、田沢湖への見識をもっと広げていきたい、秋田県全体としても理解や知識を広げていきたいという想いがあり、プロジェクトの中でもこういった観点から話し合っています。
また、情報発信のために、夏休みに子どもを招いて体験型のワークショップなどの開催も行っています。

もう1つ、毎年特別企画展を開催していまして、今年も8月1日から8月31日までの期間で開催しています。企画展の内容としましては、例えばクニマスというのはサケ科サケ属の魚なのですが、田沢湖の周りの川にも同じサケ属のヤマメが生息していますし、ニジマスやイワナなどの養殖も行われています。ですが、なかなか身近で観察する機会がないと思い、今回田沢湖クニマス未来館で水槽展示することにいたしました。
普段近くにいてもなかなか見ることができない魚を、ゆっくり観察していただける企画になっています。

観察シートも作っていまして、実際に体の模様を書き込みながら、サケ科の魚でも似ている点・違っている点を観察していただけます。
小さなお子様向けにはぬり絵なども準備していますので、少しでも魚に親しんでいただきたいです。

───大人から小さな子どもまで、ご家族で楽しめそうな企画ですね。夏休みの自由研究にも活用できそうです。特別企画展では、他にどんな催しが予定されているのですか?

田口さん やはりクニマスも生き物である以上寿命がありますので、当館で借り受けているクニマスも寿命を迎えて死んでしまうことは避けられません。今回の企画展では、成熟して亡くなったオスとメスのクニマスを標本にして、初めて展示することになりました。
クニマスの標本展示は目玉と言える企画です。田沢湖のクニマスが絶滅した後の標本としては、おそらく初めての展示になると思います。

昔、田沢湖の近くに郷土史料館という田沢湖の歴史を学ぶ建物があったのですが、そちらで展示していた絶滅する前のクニマスの標本なども今回一緒に展示したいと考えています。

行政や中坊名誉教授の助力も得て田沢湖の環境復元を進めていく

───今後取り組んでいきたい活動や、これからの田沢湖への想いなどをお聞かせください。

田口さん 今後取り組んでいきたいこととしては、やはり田沢湖を元の環境に戻すこと、そしてクニマスが棲める湖にすることです。
田沢湖を元の環境に戻すことは、湖の水が膨大な量であることもあり、そう簡単なことではありません。田沢湖とクニマスについて多くの方に知っていただき、皆さんと一緒に田沢湖の環境復元を進めていければと思っています。

また、国や県と田沢湖に関する勉強会という場を設けていて、田沢湖の環境復元に向けての話し合いも行われています。県だけではなく、国からもご協力いただけるのはとても有難いことです。

京都大学の中坊徹次名誉教授のグループがクニマスを発見されたのですが、実は田沢湖クニマス未来館の展示内容や小冊子も中坊教授に監修していただきました。現在も名誉館長として、田沢湖と当館の現状や今後などについて助言、ご助力いただいています。

多くの方たちの力をお借りして、1日も早く田沢湖にクニマスが戻ってくることを願っています。

皆さんへのメッセージ

───最後に、読者の皆さんへメッセージをいただけますか?

田口さん 田沢湖クニマス未来館は、泳いでいるクニマスを見ることができるのはもちろん、田沢湖の環境破壊の悲しい歴史や環境修復に向けた未来を考える施設となっています。まさに持続可能な開発目標(SDGs)の意味を体感できる施設であり、多くの方にご来館いただき、皆さんが学ぶきっかけになれば嬉しいです。

将来的には田沢湖でクニマスがたくさん増えて、ごく普通に漁獲され食べられる魚にまでなればいいなというのが私の想いです。

───本日は貴重なお話をありがとうございました。

田沢湖クニマス未来館はこれからも未来へ向けた学習の場を提供していく


田沢湖のほとりで田沢湖やクニマスについて学ぶことができる田沢湖クニマス未来館。失われた環境を取り戻し、昔のようにクニマスが元気に泳ぎ回る姿が再び見られることを願って、今日も運営を続けています。

多くの方と手を取り合い、学習の場を提供するためのさまざまな取り組みは、非常に興味深いものがありました。
田沢湖再生への大きな役割を担っている田沢湖クニマス未来館や、田沢湖、クニマスのこれからに興味がある方は、ぜひホームページも覗いてみてくださいね。

▼田沢湖クニマス未来館の情報はこちら
田沢湖クニマス未来館 観光情報|仙北市

▼仙北市とクニマスについての情報一覧はこちら
クニマス情報|仙北市

▼仙北市のSDGsの取り組みについてはこちら
SDGs未来都市|仙北市

この記事の執筆者
EARTH NOTE編集部
SDGs情報メディア
「SDGsの取り組みを共有し、循環させる」がコンセプトのWEBメディア。SDGsの基礎知識や最新情報、達成に取り組む企業・自治体・学校へのインタビューをお伝えし、私たちにできることを紹介します。
身近なアイデアを循環させて、地球の未来をつなげていきましょう。皆さんと一緒に取り組んでいけたら幸いです。
この記事のタイトルとURLをコピー
関連するSDGs
pagetop