AIの可能性を広げ健康で豊かな未来を創る名古屋大学藤井先生のSDGs

AIの可能性を広げ健康で豊かな未来を創る名古屋大学藤井先生のSDGs

2024.09.12(最終更新日:2024.09.12)
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名古屋大学大学院情報学研究科で准教授を務める藤井先生は、スポーツをはじめとした人の動きをAIで予測・評価する研究を行っています。健康や技術革新にも関わる藤井先生の研究は、SDGsのいくつかの目標とも関連しています。

今回は藤井先生に、主な研究内容や研究とSDGsのつながり、今後の展望や未来への想いについて伺いました。

藤井先生の研究内容

SDGsにも関わる藤井先生の研究は、最先端の高度な技術であるAIを活用しています。主にスポーツの分野での研究が中心とのことですが、具体的にはどのような内容の研究をされているのでしょうか。ここでは、藤井先生の研究内容について詳しくお聞きします。

主な研究はスポーツに関するAI予測

───本日はよろしくお願いします。

藤井先生 名古屋大学大学院情報学研究科で准教授を務める藤井慶輔と申します。よろしくお願いします。

───まずは、藤井先生の研究内容について教えてください。

藤井先生 AIを使ったスポーツの研究を主に行っています。簡単にいうと、スポーツで主観的に行われているプレーの評価を、AIを使って客観的に評価する手法に関する研究です。

映像から選手の動きを自動的に認識し、AIによって動きを予測してプレーを評価する、また選手の動きをモデル化し、最適な動きについてアドバイスするといったことを考えて、AIの研究を行っています。

───どういったスポーツを主に扱っているのですか?

藤井先生 特にサッカーやバスケットボールのような、複数の選手が入り乱れてゴールを狙うゴール型の集団スポーツがメインにはなっています。しかし、方法論としてはおおよそどんなスポーツ、またはスポーツ以外にも有効です。集団スポーツ以外では、例えば陸上競技やフィギュアスケート、ゴルフ、他にも動物の群れなどの動きに関しても、熱心な学生を含む共同研究者たちと一緒に楽しく研究しています。

───かなり幅広く研究してらっしゃるのですね。スポーツに導入されているAIといえば、判定に関するところでよく目にします。

藤井先生 先日開催されたパリオリンピックでも、AIによる判定が導入されていました。それは、ボールがラインを割ったか割っていないかといった位置に関する判定などが、人間よりも正確にできるためです。

一方、私たちは人間対人間の競争的な相互作用の部分に興味を持っています。人が入り乱れた中、どう相手からゴールを奪うか、またはどうゴールを守るかといった集団の動きに関するAIの予測や評価は、技術的に非常に難しいものです。そういった、まだ世には出ていないような技術を研究しています。

難しいのはボールを持っていない人の評価

───集団スポーツにおけるAIの予測や評価には、どういった難しさがあるのでしょうか?

藤井先生 集団スポーツにおいて、ボールを持っている人に対してのシュートの上手さ、パスやドリブルの上手さはわかりやすいです。しかし、集団スポーツにはボールを持っていない人、例えば守っている人などもいるわけで、そういった人たちを評価するツールが少ないため、数値で評価することは多くありません。そのため、ボールを持っていない選手がどう動くべきかは、主観的にならざるを得ないのが現状です。

しかし、集団スポーツではボールを持っていない時間の方が圧倒的に長くなります。ですので、そういったところを主観ではなく客観的に数値で評価することができるようになると、もっとスポーツが理解できて楽しめるのではないかと考えて研究を進めています。

また、対人の部分は特に難しいです。人と人が少し接触したくらいだと検出しやすいのですが、柔道のようにずっと接触しているようなスポーツは難易度が上がります。常に接触しているため、カメラや目が届かないという部分で難しさが増してきます。

3つの方法でプレーを評価

───たしかに、シュートやパスだと成功率などのわかりやすい指標がありますよね。藤井先生の研究では、どのような方法で全員の評価を行っているのですか?

藤井先生 全員を評価するためには、まずは全員分の動きのデータを取らなければなりません。例えば映像からコートの線を認識し、人を認識して動きを追跡します。そして背番号を認識して、どちらのチームの選手かを自動で判定します。これは現在の技術でも完璧に行うのは難しいため、現状ではある程度人の手も必要です。こういった誰がどこにいるのかというデータが、全員を評価するためには必要になります。

───まずは全員分のデータが必要になるのですね。評価の方法には、具体的にどのようなものがありますか?

藤井先生 評価の方法はいくつかありますが、一番わかりやすいのは将来の結果予測に基づいて評価するものです。例えばサッカーにおいて、パスをトラップしてシュートするといった一連の動きでは、大抵はシュートが入ったかどうかという結果論で評価が行われます。しかしそうではなく、シュートの前のパスやトラップに関する主観的な感覚を数値で表現していくというのが、一番わかりやすい予測による評価の仕方です。

この方法では、例えば値が高くなればなるほど守備がよく行われている、良い守備であると評価されます。「シュートは決められてしまったが、値がマイナスになっていないということはそこまで悪い動きではなかった」といったように、シュートが決まるまでの状態の良し悪しと、結果を分けて評価できるのです。

───失点したからといって、必ずしもディフェンスが悪かったとは限りませんよね。「ディフェンスはそつなく対応したのに、オフェンスが単純に上手かった」といったような場面もよく見ます。

藤井先生 これは結果を予測しているものですが、動きの予測もできます。例えば「実際の選手の方が予測よりもディフェンスを引きつけたことで、他の人がボールを受けてシュートを打つスペースができた」などといった動きは、これまでなかなか評価されてきませんでした。しかし私たちは、予測と実際の差分で動きを評価するということを初めて行いました。このように、人の動きや結果を予測して評価を行っているのです。

さらには、動きだけではなくて選手が何を考えて行動したかもモデル化できます。これはゲームを想像するとわかりやすいです。ゲームでは状況を見てどの行動が一番良いかを考えます。前に行くのか後ろに行くのか、パスするのかシュートするのかといった行動が定義され、この場面では何を選択すべきだったのかがデータから評価されるのです。

これは発表したばかりでまだまだ粗い推定ではありますが、さらに改善することで全時間における全選手の評価がモデル化できるようになります。結果の予測、行動の予測と合わせて、3つの方法で主にでプレーを評価しています。

目指すのは専門家の観点の表現


───こうしたAIによる予測を、どのように発展させようとお考えですか?

藤井先生 最終的には練習にも落とし込みたいところではありますが、実際はかなり難しい問題です。例えば主観による評価というものは人によって観点が変わります。同じプレーでも、良い評価をする人もいれば悪い評価をする人もいて、そこが研究としての難しさになっています。

私たちの研究はある場面に絞って評価を数字で表せるように考えていきますが、それは一つの観点でしかありません。そのため、さまざまな専門家の観点を表現できるような形にすることにチャレンジしていきたいと考えています。

きっかけは自身のスポーツ経験

───藤井先生は、どのようなきっかけで現在の研究内容に興味をお持ちになったのですか?

藤井先生 私はもともと、小学校から大学までバスケットボール部に所属していたほどスポーツが好きでした。一方で、誰も明らかにしたことがないものを解明する科学の世界にも興味がありました。大学で入ったスポーツ科学の研究室では、理想的な実験条件とノイズがないような状況を設定し、同じ条件で比較するという科学では当然の方法論が用いられていました。

一方実際のスポーツは、ルールなどいくつかの条件以外は全て自由で、二度と同じ局面が生まれないという性質があります。そうしたギャップを解決できると非常に面白いのではないかということは、当時から思っていたことです。

また、大学生まではバスケ部でプレイヤーをしていましたが、大学院のときはコーチをしていました。
ひたすら映像を見て主観で良い悪いの判断を行い、それに基づいて練習メニューを決めたり相手のスカウティングをしたりしていましたが、全てが主観で時間がかかって大変だったため、何とかしたいという思いを持っていました。

───スポーツが好きで科学に興味があったのであれば納得ですね。AIに興味を持ち始めたのはいつごろからだったのですか?

藤井先生 私が従来の方法論に限界を感じていた8年ほど前に、AIが注目され始めました。そしてAIを使えばきっとこのギャップを埋められると確信し、AIを使った研究を始めるに至っています。

───AIで評価する技術は、やはり当時と比べてかなり高いものになってきているのでしょうか?

藤井先生 実は今でもAIで評価することの難しさはそれほど変わっていません。しかしAIの技術は日進月歩で進化しているため、今できないからと言って将来できないとは限りません。現在はバスケだけではなくサッカーについての研究が多いのですが、さまざまなスポーツチームの関係者といろいろ議論しながら、現場に役立つような未来の技術について研究しています。

研究に存在する3つの課題


───藤井先生が現在の研究を行っていく上で、どのような課題があるとお考えですか?

藤井先生 課題は3つあります。1つは私たちが行っているスポーツ分析には、全選手の位置やパス・シュートなどのデータが必要だということです。しかしデータは公開されていないことが多いため、サッカーのトップリーグなど資金力のあるチームはデータ会社から購入することになります。大量にデータを使う場合には、それしか方法はありません。

一方この方法は、資金力のないアマチュアチームなどには対応できません。そのため、そういったチームは自分たちでデータを収集をする必要があります。しかし、データ収集を自動で行うのはなかなか難しい面があります。だからこそ研究対象になっているのですが、できるだけ人間の手数を減らして自動に近い形で取得するという方法論を、現在確立しようとしているところです。

2つ目は、スポーツの性質上のさまざまな要因によって予測するのが難しいという点です。特に相手がいるスポーツでは、最適な行動を計算により導き出しても、相手がそれを逆手に取った行動をとってくると最適ではなくなってしまいます。こういったじゃんけんのような関係になる場合もあるところが、予測を難しくしています。

しかし、じゃんけんと全く同じというわけではなく、筋の良い戦術も必ずあるはずです。ですので、専門家の意見を聞きながら問題をより明確にして、モデルを細かく考えることでAIが予測できる問題にする、ゲーム理論のように均衡した戦略を論じるような問題に落とし込むといったことを意識しながら研究しています。

3つ目は仕組みづくりです。AIは学習するために大量のデータが必要になるため、収集する手段が必要です。そのひとつがデータを買うというものですが、その場合はお金が必要になります。もうひとつ、自分たちでデータを作るという方法もありますが、完全に自動化するのが難しいため人手が必要になるという課題があります。

これはひとつの研究室でできる範疇を超えた話です。そのため、スポーツチームをはじめとしたさまざまな団体やデータ会社、あるいはその他の研究室など、研究活動に興味がある人が自由に研究できる、オープンイノベーションの仕組みを作ることが必要だと考えています。

藤井先生の研究とSDGsとの関わり


AIを使った予測や評価で、スポーツ界に多大な貢献をしている藤井先生。その研究は人びとの健康やAIに関した技術革新の観点で、SDGsにも寄与しています。ここでは、藤井先生の研究とSDGsとの関わりについて伺います。

誰もが高度な知識にアクセスできる世界へ

───ここからは、藤井先生の研究とSDGsの関わりについて伺っていきます。まず、目標3「すべての人に健康と福祉を」とはどのように関連しているのでしょうか?

藤井先生 私たちはさまざまなスポーツを扱っていますが、中でも人気が高いのはゴール型の集団スポーツです。ただ、一部のトッププロにリソースが集中している状況であるため、多くの人が専門的な知識にアクセスでき、楽しくプレーできる世界を目指しています。現状は特定の地域やリーグにしか専門家がいませんが、多くのプロセスをAIによって補完・代替ができれば、時間や場所にとらわれずに上達するためのアドバイスを得られる世界になるのではないかと想像しながら研究しています。

AIの進歩によりさらなる技術革新を

───専門家の役割をAIが担うようになれば、誰でも高度な知識を得ることができるようになりますね。目標9「産業と技術革新の基盤を作ろう」に関してはどうでしょうか?

藤井先生 近年、ChatGPTを始めとした自然言語処理や画像処理におけるAIの革新が凄まじく、多くの人が利用できるようになっています。一方、スポーツのような人間集団が複雑に相互作用してコミュニケーションするデータに関しては、AIの技術的にさまざまな課題が残っている状況です。しかし、それらの技術が実用的になれば産業の発展が期待できますし、技術革新の基盤もできていきます。そのため、AIができることや応用範囲を広げる研究をこれからも継続して続けていきたいと思っています。

責任を伴った上で公平なアクセスを

───現在のAI技術では難しいことができるように今後の技術革新に大きな期待が持てそうです。目標12「つくる責任、つかう責任」との関連についてはどのようにお考えでしょうか?

藤井先生 AI技術を使ったスポーツ分析には大量のデータが必要になるため、データの取得に関して効率性を追求する必要があります。可能な限り自動化を進めたり、データを最大限に活用したりといった技術の開発が必要です。また、責任という観点では、映像を公開してみんながデータを使えるようにすることも行っていますが、映像を公開するためには同意書などの手続きを行なわないといけません。このようにきちんとした手続きを行った上で、みんなが公平にアクセスできるようにすることが重要です。

必要なのはスポーツ分野のエコシステム

───さまざまな観点からSDGsに寄与されている藤井先生の研究ですが、ここからさらに発展させるためには何が必要だと思われますか?

藤井先生 これまでスポーツの世界というのはデータがクローズドであったため、みんなが使えるわけではなく研究が進みませんでした。データ収集が一番大変なところであるため、研究者や技術に興味を持つ人が簡単に使えるようになることで技術がどんどん発展していきます。

今AIが発展している分野は、そういったエコシステムができているからこそ発展しているという部分があるため、スポーツのAIにおいても同様の仕組みが必要です。そうした仕組みによって、研究活動を持続可能な形でできるようにしたいと思っています。

例えば私たちが公開したデータセットのひとつでは、画像に対する選手の位置を表す四角を人の手でアノテーション(特定のデータに対して情報タグを付加すること)して公開しています。AIが行っているのは、映像を入力としてこの四角を当てることです。そうすると、完璧ではないまでも予測することができるようになります。他にも、フィギュアスケートやサッカーのシュート時の姿勢データに関しても、AIは映像を入力として予測しています。

そして、AIによる予測を行うには正解データが必要になるため、それを公開しているといった状況です。例えば筑波大学の蹴球部という強いチームのデータを使っているため、そのまま参考にすることももちろんできますが、AIによる予測の精度を上げるにはもっと大量のデータが必要になります。

人の流れや動物の群れの動きも予測可能

───藤井先生の研究は、スポーツ以外にも応用できると伺っています。具体的にはどのような分野に応用できるのでしょうか?

藤井先生 一番わかりやすい例は、街中における人の流れの予測です。この分野は多くの研究者が研究しているためかなり進んでいます。一方、私たちの技術において、スポーツ以外で一番興味を持っていただけているのは動物の群れに関する予測です。

しかし、話すことができず思考が読めない動物が相手であるため計測するのが非常に難しく、限られたデータから推定しなければなりません。スポーツもいちいち選手に意思決定を聞くのは大変ですから、問題設定が非常にスポーツに似ているという点では、応用範囲のひとつとして動物の群れを挙げられると思います。

今後の展望と目指す未来

藤井先生の研究は、スポーツ界だけではなくSDGsにも多大な貢献をしていることがわかりました。そんな素晴らしい研究をされている藤井先生は、今後の研究や未来についてどのような展望を思い描いているのでしょうか。ここでは、研究の展望と目指す未来についてお聞きします。

目指すのはより多くの人の健康と豊かな生活

───藤井先生の研究の、今後の展望についてお聞かせください。

藤井先生 私たちの研究は、AIの技術を通じてスポーツや社会全体の持続可能な発展に寄与することを目指しています。特にスポーツの分野での技術革新を通じて、より多くの人が健康で豊かな生活を送れるようサポートしていきたいです。

AIは今や誰もがアクセスでき、さまざまな課題に対する解決策を提供できるようになりました。しかしスポーツの分野においてはまだまだ浸透しているとは言えず、主観で行っている状況です。私たちは公平で明確な基準に基づいた判定ができる技術だけではなく、スポーツの見方を変え、スポーツファンが楽しめ、チームや選手が強くなる手助けができるような技術を開発したいと考えています。

───研究によって、AI技術がどのように発展してほしいですか?

藤井先生 指導者不足をはじめとした、人手不足の問題を助けられる技術になると嬉しいです。また、将棋などのボードゲームや一部のテレビゲームでは、人間よりも強いAIが登場しています。そういったAIは人間に対してさまざまなアドバイスをすることが可能です。

スポーツの分野ではまだそこまで至ってはいませんが、時間の問題でいずれできるようになると思っています。そういった技術が確立された暁には、向上心や好奇心、情熱を持った誰もが、知識・知恵にアクセスでき、上手くなりたい人がもっと上手く、理解したい人がもっと理解できる世界になると嬉しいです。

手を取り合って持続可能な未来へ

───最後に、読者の皆さんへのメッセージをお願いします。

藤井先生 私たちの研究は専門家だけではなく、多くの個人や団体との協力を通じて進められています。目指しているのは、誰もが自由に参加できる研究環境を整えるオープンイノベーションです。

SDGsに興味があるみなさんと一緒に、未来を創るための技術を開発できることを楽しみにしています。私たちが研究している分野はとても研究者が少ないため、技術的に未開拓なことが多く、今後も新しい技術がどんどん生まれる面白い分野です。私たちと一緒に持続可能な未来を目指して取り組んでいただけると嬉しいです。

───本日は貴重なお話をありがとうございました。

AIが導く豊かな未来を共に目指す

藤井先生の研究はAIを駆使した高度な技術を伴ったものですが、その根底にあるのはスポーツ界を発展させることで人びとの健康を守り、技術革新を進めたいという想いでした。研究している人が少ない分野であるということなので、今後は藤井先生の研究によって大きな進歩が見られるかもしれません。これからの藤井先生の研究やスポーツ界の発展に大きな期待を寄せて、これからも注目していきたいと思います。

藤井先生の研究に興味のある人は、ぜひ一度ホームページを覗いてみてください。

▼名古屋大学 大学院情報学研究科のホームページはこちら
大学院情報学研究科 | 名古屋大学情報学部/大学院情報学研究科

▼藤井先生について、詳しくはこちら
藤井 慶輔(Fujii Keisuke)

この記事の執筆者
EARTH NOTE編集部
SDGs情報メディア
「SDGsの取り組みを共有し、循環させる」がコンセプトのWEBメディア。SDGsの基礎知識や最新情報、達成に取り組む企業・自治体・学校へのインタビューをお伝えし、私たちにできることを紹介します。
身近なアイデアを循環させて、地球の未来をつなげていきましょう。皆さんと一緒に取り組んでいけたら幸いです。
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