スラムとは?世界の現状と解決策、SDGs目標11との関係も解説

SDGs目標11に「住み続けられるまちづくりを」があります。この目標のターゲットの1つになっているのがスラムの問題です。世界では、経済格差が広がり貧困層は増加しました。貧しい人々の多くはスラムで暮らしており、必要な教育や医療が受けられず、劣悪な環境での生活を強いられています。
スラムの問題解決はSDGs目標の達成に直結します。今回は、世界のスラムの現状と問題点、そしてスラム改善に向けた世界の取り組み、個人レベルで行えることについて詳しく解説していきます。
目次
スラムとはただの貧困街ではない
そもそもスラム街とはどのような状態を指すでしょうか。貧しい人々が集まって暮らしている場所、という漠然とした理解はあるかもしれません。ここでは、一般的な定義と国際的に示されている定義、他の類似表現との違いを見ていきましょう。
スラムを定義する「5つの困窮」
スラムとは一般的に、極めて貧しい生活状態の人たちが密集して暮らしている地区を指します。具体的には、教育や医療、最低限のインフラ利用など公共サービスが受けられず、居住者の健康・安全が脅かされている状態です。
持続可能な人間居住開発を促進する国際連合の機関「国連人間居住計画(UN-Habitat)」では、以下の5つのうち、1つでも欠けている世帯をスラム居住者と定義しています。
5つの困窮 |
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1.住居の耐久性 |
危険のない土地に永続的で適切な構造で施され、降雨、寒暖、または湿気といった気候条件が極度に至っても居住者を保護できる。 |
2.十分な生活空間 |
同じ部屋を共用するのは最高3名までである。 |
3.改善された水へのアクセス |
過度な身体的努力や時間を必要とせず、適量の水が手頃な価格で入手できる。 |
4.改善された衛生施設(トイレ)へのアクセス |
過度な身体的努力や時間を必要とせず、適量の水が手頃な価格で入手できる。 |
5.改善された衛生施設(トイレ)へのアクセス |
住み続けられる保障。 |
出典・参照:日本ユニセフ スラム:5つの困窮
スラムと似ているが違う意味の言葉もある
スラムは、「退廃地区」、「貧民窟」などの類似表現があり、同様の意味合いで用いられます。他にも「ドヤ街」、「ゲットー」、「カンポン」、「スクワッター」などの似たような言葉がありますが、これらはスラムとは違った意味を持っています。
ドヤ街とは、主に日本における日雇い労働者が多く住む地域を指します。「ドヤ」とは「宿(やど)」を逆さにした言葉で、戦後の高度経済成長期に日雇い労働者のために簡易宿泊所が多く作られたことに由来します。ドヤ街はスラムと異なり、貧しい人々だけが住んでいるわけではなく、一般住宅も多く存在しています。
ゲットーは、日本では戦前からのユダヤ人居住区域という意味で使われることが多いですが、アメリカなどの大都市における少数民族(主にアフリカ系アメリカ人)居住区を指す場合もあります。
カンポンはインドネシアで使われる呼称で、居住状態などに関わらず一定地域の家屋の集合体(集落)全般を指します。カンポンの中にスラム地域があるというイメージです。
スクワッターは、放棄された土地や建物を不法に占拠する行為者のことです。スクワッターがスラムに存在しているとは限りませんが、強制退去させることで別の場所にスラムを形成してしまう可能性はあります。
今もなお増え続けているスラム人口
世界の現在の都市人口は約39億人で、世界の総人口の54%を占めています。一方で、スラムの人口もそれに伴い増え続けているのが現状です。国連人間居住計画によると、2000年の7.6億人から、2013年には8.6億人に達したと推計されています。
都市住民全体に占めるスラム住民の比率が最も多いのはアフリカのサハラ砂漠以南の地域で、61.7%にものぼります。続くインドなど南アジアの国々も35%と高い水準を示しています。都市人口の増加によりスラム住民比率は減少傾向ですが、絶対数は減っていないのが実状です。
出典・参照:国連人間居住計画 Streets as public spaces and drivers of urban prosperity
都市部に形成されるスラム
スラムは農村や地方などの貧しい地域やコミュニティに形成されるイメージがあるかもしれませんが、その大部分が都市部に存在します。その理由は主に3つあります。
1つは、農村や地方から仕事を求めて都市部に移住してくるものの、十分な収入が得られず、家賃を払えなくなり、居場所を失った人々がスラムを形成する傾向にあるからです。
2つ目は、教育格差の問題です。途上国では十分な教育を受けられない子供が数多く存在します。ユニセフによると、世界で学校に通っていない5歳から17歳の子供の数は3億300万人います。計算や読み書きができないことで、職に就けないあるいは極めて賃金が低い労働をせざるを得ないのです。
3つ目は、紛争による難民の流入が挙げられます。こうした人々は一刻も早く危機から逃れるため、突如移住を余儀なくされるケースが大半です。十分な準備もないまま、異国の地で困窮してしまう難民の問題は、スラム人口の増加に拍車をかけています。
出典・参照:ユニセフ 世界の子どもの就学状況
スラムでは命の危険と常に隣り合わせ
スラムには多くの危険が潜んでおり、生活する住民達の安全は常に脅かされています。スラムによって引き起こされる問題はさらなる問題を呼び、また新たなスラムが形成されてしまうという悪循環が生まれます。スラムの危険性を4つの観点から見ていきましょう。
無法地帯となって犯罪の温床になる
スラムは警察や行政など法の目が行き届かないため、治安悪化による犯罪が至る所で起きています。貧困による強盗や掠奪をはじめ、麻薬の密売や売春などが組織的に行われており、スラムの中だけでなく都市全体に影響を及ぼす犯罪の温床になっています。また、犯罪が横行するスラムの日常の中で育った子供たちは自らもギャングに加わり、恐喝や強盗、殺人を犯すなど暴力の連鎖を生んでしまっているのです。
劣悪な衛生環境により病気が蔓延する
スラムは上下水道などのインフラが整備されておらず、極めて不衛生な環境です。スラムに住む多くの人が、きれいな水源を利用できていません。多くの人が、安全でプライベートが確保できない状態のトイレを使用する、あるいは野外排泄を行わざるを得ない状況下にあります。南スーダンやガーナなどアフリカの多くの国々では、都市居住者の80%が整備された衛生施設を利用できていないと言われています。
整備された衛生施設や正しい衛生習慣がないため、伝染病が蔓延する危険に常にさらされています。さらに、病気にかかっても医療が行き届いていなため、十分な治療を受けられません。設備が整っていない施設では適切な処置を施せず、さらに病気が広がってしまうのです。そもそも貧しさから治療費を払えないという問題もあります。
出典・参照:WaterAid あふれかえる都市:2016年 世界のトイレの状況
野生動物の危険と「狂犬病」の怖さ
スラムでは、人に飼い慣らされていない野犬などの野生動物に襲われる危険もあります。怪我を負うことはもちろんですが、最も恐ろしいのは狂犬病に罹患してしまうリスクです。狂犬病は感染した犬に咬まれることで、人に伝播するウィルス性疾患です。狂犬病は、発症後の有効な治療法がないとされています。適切な医療が受けられないスラムの人々にとっては、狂犬病の発症はそれ自体が死を意味する恐ろしい病気なのです。
日本でも1950年代以前には多発していた狂犬病ですが、犬の登録、予防注射、野犬等の抑留を徹底することでほぼ撲滅されました。しかし、依然として世界ではスラムなど対策が為されない、あるいはできない地域で多く発生しています。
出典・参照:厚生労働省 狂犬病
災害と「逃げられない」怖さ
スラムは自然災害のリスクとも隣り合わせです。スラムの住居は耐久性が低い簡易的なものが多いため、風雨や地震災害などが発生すると全壊してしまう恐れがあります。またスラムは、生活に必要な水を得るため河岸に形成されることが多いため、洪水被害のリスクは不可避です。
災害そのものの被害だけではなく、住居が密集しているため災害発生時に逃げられないという問題もあります。命が助かったとしても、住むところを失うことで路上生活を余儀なくされ、さらに過酷な状況に陥ってしまうのです。
世界のスラムは一定の地域に集中している
依然として世界各国に存在するスラム。特にスラム街が多いとされている地域は、アフリカや東南アジア、南アメリカなどとされています。また、アメリカの一部やヨーロッパの国々など先進国でもスラムが存在しているケースがあります。それぞれの実態と各地域の問題点、現状を見ていきましょう。
アフリカ:ケニアのキベラスラム
世界でも特に多くの貧困層を抱えるアフリカには、ほぼ全域に渡ってスラムが存在しています。特にサハラ砂漠以南のサブ・サハラと呼ばれる地域は、都市全体に占めるスラム人口の比率が世界で最も高い地域です。
中でもケニアにあるキベラスラムはアフリカ最大のスラムと言われています。都市の中に密集していることが多いスラムですが、キベラスラムは首都ナイロビの郊外に約2.4平方キロメートルに渡って広がる巨大なスラム街です。ナイロビは東アフリカ随一の発展都市とされている一方で、国内全体において1日あたり2.15ドル以下で生活している貧困者の割合は29.4%(2017年)と格差が顕在化しています。キベラの居住者数に関して公式の統計は存在しませんが、およそ100万人が暮らしていると言われています。
元々は戦時における傭兵達の軍用居留地でしたが、その後不法占拠され、出稼ぎ労働者によってスラムが形成されていきました。キベラスラムの住民は、6畳程の粗末な部屋を月約1800円ほどで借りて暮らしており、不法に引いてきた電線の電気を使って生活しています。トイレは20〜40世帯に1つしかなく、ゴミが至る所に捨てられており極めて不衛生な状態です。
出典・参照:WHO Closing the gap in a generation Health equity through action on the social determinants of health
出典・参照:世界銀行 Poverty headcount ratio at $2.15 a day (2017 PPP) (% of population)
出典・参照:ユニセフ Photos: UNICEF distributes soap and hand washing messages in Kibera
出典・参照:日本地理学会要旨 水野一晴「ケニア・ナイロビのスラム街キベラにおけるトイレを中心とした衛生環境と地域社会」
アジア:インド・ムンバイのダラヴィスラム
アジア地域は絶対数で見ると世界で最もスラム人口が多く、南アジアだけでも2.62億人のスラム居住者がいると言われています。特にスラムが集中している地域は、タイのバンコクや、インドネシアのジャカルタ、フィリピンのマニラやセブなどが知られています。
中でも最大規模のスラムの一つと言われているのが、インド・ムンバイにあるダラヴィスラムです。
ムンバイは人口約2000万人を超えるインド最大の都市で、経済、金融、商業の中心地です。その中心部に位置するダラヴィには、人口の4割に当たる推定70〜100万人が約2.5平方キロメートルの狭い土地に押し込められている状況です。生活環境、衛生環境は劣悪で伝染病が蔓延するリスクを常に抱えています。公共のトイレが不足しており、数百人が列を作ることもあると言います。
ただ、ダラヴィが他のスラムと異なる点は、地区内の経済活動が活発なことです。その額は年間数十億に達するとも言われ、私たちがイメージするスラム街とは異なる部分もあるようです。
出典・参照:NATIONAL GEOGRAPHIC スラムに流れ込む人々
南米:ブラジルのファヴェーラ
南米地域にもスラムが多く存在します。ベネズエラのカラカスやアルゼンチンのブエノスアイレスなどは犯罪が多発しており、世界的にも治安が悪い危険な地域として知られていますが、中でも有名なのはブラジルのスラム「ファヴェーラ」です。
ファヴェーラとは貧困地区の総称で、大都市の郊外など至る所に存在しています。リオデジャネイロのファヴェーラは最も人口の密集率が高く、市民の4人に1人が約2.1平方キロメートルの区域に暮らすスラム住民です。
リオデジャネイロはブラジル屈指の大都市で、家賃の高騰で住居を失った人々がスラムを形成していきました。また、公有地や所有権を巡った争いが起きている係争地などを不法占拠し、スラムができるケースも多くあります。スラムの居住者は低賃金の仕事にしか就くことができないため、元の生活に戻ることも困難で貧困から抜け出せない状況にあります。
さらに、山の斜面にあるファヴェーラは地形の特性上、大雨による土砂崩れなど災害による犠牲者を多く出しており問題が深刻化しています。
「インナーシティ」現象によって生まれる先進国のスラム
スラムは開発後進国だけではなく、欧米の先進国にも多く存在しています。
先進国のスラムは「インナーシティ」化によって形成される傾向があります。インナーシティとは、古くに建造された都心にある建物が老朽化してしまい、郊外にコミュニティが移っていく現象です。そのため逆に都心部が荒廃し治安が悪化、スラムが広がっていくのです。
典型的なインナーシティの問題を抱えている都市としては、アメリカのデトロイトやニューヨークのファイブ・ポインツ、イギリスのロンドン東部などが知られています。かつては工業都市として発展した場所ですが、経済変化による産業の衰退と共に企業の移転が相次ぎ、低所得者層が集まってスラムを形成していきました。
EU内では、スペインのマドリードにある「カニャダ・レアル」が、ヨーロッパ最大級のスラムとして知られています。カニャダ・レアルは、危険度に応じて6つのセクターに分かれており、最大危険度にあたるセクション6は麻薬犯罪の温床になっています。
日本の貧困者水準は極めて低い
国連日本居住計画が定義するスラムにあたる場所は、現在の日本には存在しません。貧困者という点では、都心部の路上生活者をイメージするかもしれませんが、近年ではその割合も少なくなっています。2019年の「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)」によると全国に確認できた路上生活者は4,555人で、総人口に占める割合はおよそ0.003%に留まっています。
前述したような「ドヤ街」は現在も存在していますが、公共サービスや宿泊施設は比較的整っており、飲食店も多くあります。街として機能しているだけでも、海外のスラムと大きく状況が異なると言えるでしょう。
出典・参照:厚生労働省 ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果について
SDGsはスラムの問題に横断的に関わっている
SDGsの目標達成のために設定されたターゲットには、スラムの問題に直結しているものがいくつかあります。特にスラムと関わりが深いと言えるのが下記の項目です。
- SDGs目標1 貧困をなくそう
- SDGs目標3 すべての人に健康と福祉を
- SDGs目標11 住み続けられるまちづくりを
ただ、さらに踏み込んでいけば、その他の項目にも広く関わってきます。
SDGs目標11 住み続けられるまちづくりを
SDGs目標11の「住み続けられるまちづくりを」は、「包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する」というテーマがあり、10個のターゲットで構成されています。中でも以下の2つは、スラムが世界にまだ多く存在している現状と、問題解決の重要性を強く訴えるものだと言えます。
- 11.1 2030年までに、すべての人々の、適切、安全かつ安価な住宅及び基本的サービスへのアクセスを確保し、スラムを改善する。
- 11.5 2030年までに、貧困層及び脆弱な立場にある人々の保護に焦点をあてながら、水関連災害などの災害による死者や被災者数を大幅に削減し、世界の国内総生産比で直接的経済損失を大幅に減らす。
スラムの人々へ経済的負担が少ない住居を提供し、生活に最低限必要なサービスを全ての人が平等に使えるようにすることが求められています。また、スラムの問題を解消することで、スラム住民以外の人も含めたすべての人が住みやすい持続可能なまちづくりができるようになると言えるでしょう。
SDGs目標1 貧困をなくそう
貧困そのものをなくすことも、もちろん必要です。SDGs目標1「貧困をなくそう」は、「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」をテーマとしています。当然スラムも例外ではありません。貧困から免れるために都市部へ出てきたはずが、職に就けずさらに貧困化することでスラムが生まれます。スラムの人々が貧しさから抜け出すための支援、安定した収入を得られるような社会の仕組みを作っていくことが求められています。
SDGs目標3 すべての人に健康と福祉を
「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」をテーマとしたSDGs目標3の「すべての人に健康と福祉を」も、スラムが抱える問題に直結していると言えます。
世界には十分な医療を受けられない人が約36.5億人おり、その多くがスラムで暮らしている人々です。すべての人が適切な医療サービスを受けることができ、健康と福祉が保障される社会を作っていく必要があります。
世界では大人になることができない子供たちがたくさんいます。日本では考えられないかもしれませんが、途上国の5歳未満児の年間死亡数は約565万人(2016年)もおり、その約8割が南アジアとアフリカのサブ・サハラで生まれた子どもたちです。これは日本の約44倍で、5秒に1人の子供が命を落としているという計算になります。子供だけでなく、母親の死亡率も高く、基本的な医療サービスが受けられず肺炎やマラリアなどで命を落としており、これは孤児の増加にもつながっています。
また目標3では「麻薬を含む薬物やアルコールなどの乱用を防ぎ、治療をすすめる」ことも掲げられています。薬物犯罪が横行しているスラムの現状を変え、薬物中毒、アルコール中毒などの患者の治療を進め健康状態を改善することもスラムの問題解消につながるのです。
出典・参照:ユニセフ 世界子供白書2017 子どもの死亡率に関する指標
他のSDGs目標とも連結しているスラムの問題
3つの目標以外にも関係していると言える項目はあります。
ユニセフによるスラムの定義にもある通り、水・衛生施設という観点で見れば、目標6「安全な水とトイレを世界中に」も重要な項目です。スラムの人々は水不足だけではなく、汚染された不衛生な水を飲料として使用せざるを得ない状況に陥っています。私たちが生きる上でも特に重要な水資源に、すべての人が安全にアクセスできるようにしていくことが必要です。
また、犯罪から人々の命を守るという点では、目標16「平和と公正をすべての人に」もスラムにおける重要課題です。スラムそのものの犯罪だけではなく、紛争や災害によって命が奪われる危険を取り除く努力が必要です。
さらに踏み込めば不平等、飢餓、教育などをターゲットにしたその他の目標にもつながってきます。SDGsの目標が、それだけ包括的にスラムの問題を捉えていると言い換えることもできるでしょう。
改善を繰り返しながら行われるスラムをなくす対策
スラムをなくすためには様々な方策が為されています。すべてに共通することは、スラムの人々が人間として最低限度の生活を送れるようにすることです。まだ課題も多く存在しますが、改善を繰り返しながら現在でも対策が施されています。
強制退去、住宅の撤去は根本的解決にはならない
行政が法に則ってスラムの住民に退去を促すという方策は、どの国でも行われています。住む人がいなくなればスラムそのものも無くなるという考えですが、退去させられた住民が別の場所でまたスラムを形成することになり、根本的な問題解決にはならないという指摘が為されています。
また、開発後進国では財政規模が小さいため、スラムを解体した後の街づくりに予算を割くことができず結局荒廃化したり、再びスラム化していったりするなどの問題もあります。
安心して住める住宅の建設支援が必要
スラムに住む人々の住居は、トタン屋根や廃材などで作った簡素なもので非常に脆弱です。火事や地震、台風など災害が起こった際には、あっという間に全壊してしまう危険があります。被災例としては、2019年にバングラデシュの首都ダッカのスラムで起きた大火災があります。この火事では、2000棟以上の住居が焼失するなど深刻な被害が出ました。
スラムをなくすためには、人々が安全で安心して住める住居の建設支援が必要です。そこで安全性の高い居住地の建設支援の取り組みとして、1976年に国際NGOハビタット・フォー・ヒューマニティがアメリカで設立され、活動を行っています。
また昨今では、行政が主体となってスラム街を再開発、公共賃貸住宅を建設しスラムの住民に安い家賃で提供する「スラム・クリアランス」事業が進められています。
就労支援で貧困から自力で脱出する力を
スラムの問題解決策としては、人々の雇用を促進する取り組みも必要です。具体的には、スラムの人々に工芸品や服飾の技術習得支援を行い、自ら販売できるようにすることで新たな雇用を生み出す取り組みが行われています。
スラムの人々への就労支援は一定の成果を上げている一方で、世界にはまだ多くのスラム住民が存在します。一時的な資金援助だけではなく、自力で貧困から脱出できるようにしていくことが根本的解決には必要なことです。
各国で進む具体的な取り組みと成果
スラムが存在する国々を含め、世界ではスラムの問題を解消する様々な取り組みが行われています。その全てが成果を上げているわけではなく課題も多く存在しますが、あらゆる可能性を信じて行動していくことが問題の解決につながります。各国が取り組んでいる具体策を見ていきましょう。
国連人間居住計画について
まず、スラムの問題に大きな役割を果たしている国際機関「国際連合人間居住計画(国連ハビタット)」について触れておきます。国際連合人間居住計画とは、すべての人が適切な居住環境で暮らせる持続可能なまちづくりを推進する国際連合の機関です。
1976年にバンクーバーで開催された第1回国際連合人間居住会議の人間居住宣言を受け、その2年後の1978年、国連総会によってケニアのナイロビに前身機関である「人間居住委員会」が設立されました。
その後、1996年6月にイスタンブールで開かれた第2回国際連合人間居住会議では、「ハビタット・アジェンダ」が採択され、より機能が強化された機関として「国際連合人間居住計画(国連ハビタット」に改組されました。
国連ハビタットは、「都市化する世界において、すべての人により質の高い生活を」というビジョンを掲げ、加盟国が協力して持続可能な都市やコミュニティを構築、不平等や差別、貧困をなくしていくことを推進しています。世界4ヶ所に地域本部が設置されており、アジア太平洋地域本部は福岡市に置かれています。
ケニアの都市開発プロジェクト
ケニア政府は、AHP、KISIPという2つの都市開発プロジェクトを立ち上げスラムの問題解決に取り組んでいます。
AHP (Affordable House program)は、スラムの不法居住者を減らすために低所得者に向けた住居建設のプロジェクトで、5年間で50万戸の建設を目標にスタートしました。残念ながら目標には届いていませんが、現段階で20万戸の建設が進んでいます。
KISIP (Kenya Informal Settlement Improvement Project)は、スラムの水道、道路、電気などのインフラ整備やゴミ管理を改善し、生活水準を向上させるためのプログラムで、現在までに15の都市で行われてきました。その結果、スラムに住む28万人の雇用が進み、経済状況が改善されたと報告されています。
出典・参照:THE WORLD BANK Kenya Informal Settlements Improvement Project (KISIP)
「スラムなき都市」を掲げるインドネシアの政策
第3回国連人間居住会議のホスト国でもあるインドネシアは、スラムの改善に向け全国的な政策を展開しています。政府は2010年に「スラムなき都市」という政策目標を掲げ、2011年に「住居及び住宅地区法」を改正。スラムを含めた国民の住宅問題に関する政府の役割を明文化しました。
2015年には、すべての人が整備された水道や衛生施設へのアクセスが可能になるよう「インドネシア・スラム削減政策及び行動計画(SAPOLA)」が制定され、取り組みを進めています。
出典・参照:国土交通省 スラムなき都市の全国展開
民間による主体的な取り組みが盛んなフィリピン
フィリピンでは政府だけでなく民間企業やNGO団体なども活発な支援を行っています。スラムで暮らす貧しい子どもたちや、犯罪の被害に遭った青少年を対象に、衣食住を提供し教育が受けられるよう支援が行われています。
2009年には、日本から伊藤忠商事が支援を行い、国際協力NGO団体自立支援施設「国境なき子どもたち」によって「若者の家」が建設されました。この施設には、虐待や育児放棄された子どもたちが多く入居しており、必要な設備の提供だけではなく心のケアも行われています。
出典・参照:国境なき子どもたち 若者の家
大規模な住宅支援事業を行うニューヨーク
アメリカのニューヨークには、世界各国から集まった移民が中心となってスラムを形成している区域が多数あります。路上生活者を含めたホームレスの数は過去10年間で115%も増加しています。
州では、2017年に総額200億ドルを拠出し「ホームレス及び住宅対策プラン」を掲げ、貧困者への救済措置を講じています。「対象者に向けた住宅を11万戸以上建築」「ホームレスや障害者などが普通の人同じように暮らすための支援住宅を6,000戸開発」を具体的な目標として計画・取り組みを進め、現在も続けられています。
ニューヨークは世界的に見ても家賃が非常に高い地域です。都市のスラム化を止めるには、ホームレスなど弱者に向けた安価な住宅の開発・建設が重要になっています。
出典・参照:自治体国際化協会 ニューヨークのホームレス
ブラジル・ファヴェーラのエネルギー事業を通じた支援策
ブラジルのファヴェーラでは、太陽光発電による再生可能エネルギー事業を通して、スラムにおける格差縮小を目指す取り組みが行われています。
非営利団体のRevolusolarでは、地方公共団体、地元住民などと協力し、ファヴェーラに太陽光パネルを設置しました。住民たちの電気代の負担を抑えるとともに、持続可能な電力供給を可能にする取り組みとして話題を集めています。
また、ファヴェーラの住民たちに太陽光パネルの設置や修理などの技術教育を行うことで、新たな雇用を生み出し、住民たちが自力で貧困から脱出できるように促しているのも特筆すべき点です。
出典・参照:Revolusolar O QUE A REVOLUSOLAR FAZ?
スラムをなくすためにわたしたちができること
スラムの問題を解決できるのは、国や企業だけではありません。日本人にとっては遠く離れた国の出来事かもしれませんが、私たち個人個人が日本にいながらスラムの人々のためにできることはたくさんあります。
フェアトレード商品を買う
フェアトレード商品を買うことで、間接的にスラムの子どもたちを救うことにつながります。フェアトレードとは、途上国で作られた製品が公正に取引、適正に売買されるようにし、立場の弱い労働者や生産者の生活改善を目指す仕組みです。途上国の貧困が改善されれば、子どもたちが学校で教育を受けられるようになります。
フェアトレード商品は、チョコレートやコーヒーなどの食品から、ハンカチ、トートバッグなど実用的なものが数多くあります。
支援団体への寄付
支援団体を通じて寄付を行う方法もあります。
公益社団法人日本ユネスコ協会連盟では、書き損じハガキの回収を行っています。印刷のミスなどで使えなくなってしまったハガキを寄贈することで、多くの子どもたちを救えます。
例えば、63円の書き損じハガキは、58円の寄付に。14枚の書き損じハガキで、カンボジアでは1人がひと月学校に通えます。
ハガキ以外にも、未使用の切手や商品券・図書券・プリペイドカードなどの金券など、様々な方法で支援が可能です。
スラム問題の現状を「知る」だけでも寄付になります。それは関連する書籍を購入することです。例えば、公益社団法人シャンティ国際ボランティア会が発行している書籍の売上は、貧しい国の子どもたちが利用できる図書館を建設・運営する活動に使われます。
使わなくなった服やバッグなど不要なブランド品を寄付することで、支援することもできます。ブランド品買取サービス「ブランディア」と寄付プラットフォーム「Syncable」が共同運営しているBrand Pledgeでは、NPO・NGO等の団体へのブランド品の寄付を受け付けています。
ブランド品の査定額が特定の支援団体を通じて、アジアの子どもたちの就学支援金として送られる仕組みになっています。また、支援先を選択することで学校の建設・教育機関の運営支援活動を応援することもできます。
出典・参照:公益社団法人日本ユネスコ協会連盟 01.書きそんじハガキ
出典・参照:シャンティ国際ボランティア会 本の力を、生きる力に
出典・参照:Brand Pledge Brand Pledgeとは
NPO団体などへの募金支援
NPO団体が募集している募金支援に参加する方法です。
認定NPO法人グッドネーバーズ・ジャパンでは、月々1,000円からの募金で世界の子供たちを支援する「子どもスポンサー」を募集しています。2つの支援プログラムがあり、子どもスポンサーになることで支援先の子供たちから手紙や写真が届くようになります。募金によって子供たちを見守ることができるプロジェクト言えるでしょう。
出典・参照:グッドネーバーズ・ジャパン 学校に行けずに、危険な職場で働く子どもたちがいます。
ボランティアへの参加
NGO団体が募集しているボランティア参加で、直接的な支援に携わることができます。
NGOは、災害など緊急時に迅速な支援を行えるのが強みです。政府や国際機関の対応が行き届かない人達にも寄り添い、細やかな支援を行っていくことができます。
将来国際協力活動に従事したいという人に向けて、海外研修プログラムを組んでいるNGO団体もあります。積極的に参加してみましょう。
すべての人が安心・安全に暮らせる社会を
世界的に見ると貧困者の割合が比較的少ない日本では、スラムと聞いてもイメージがしにくいかもしれません。しかし、アフリカやアジアの後進国にスラムが集中しているという現実が、意識の格差を生んでしまっているとも言えます。スラムの問題は環境問題などと同様に、経済発展を遂げた社会の「負の側面」を如実に表しています。しかもその発展した都市の中にスラムが出来てしまうという大きな矛盾を生んでいるのです。
SDGsでは、前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)の課題や教訓を引き継ぎつつ、「誰一人取り残さない」という原則が新たに採用されました。寄付や募金など私たち個人のレベルでも行動することで未来を変えることができます。誰一人取り残さず、すべての人が安心・安全に暮らせる社会を実現できるよう、一人ひとりが現状を知り考えて行動していくことが必要でしょう。

身近なアイデアを循環させて、地球の未来をつなげていきましょう。皆さんと一緒に取り組んでいけたら幸いです。