妊産婦の死亡率や医療格差などの現状について
医療が発達した現代社会でも、妊娠や出産に関連する死亡数が多いことを知っていますか?元気な子どもが生まれ、母子共に健康であることは当たり前ではないのです。SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」において、妊産婦と新生児に関する目標が掲げられるほど、世界では大きな問題となっているのです。
たとえ先進国で高度医療が受けられる場合でも、出産時に死亡する人はゼロではありません。では、高度医療が行き届かない地域の状況はどのようになっているのでしょうか?
本記事では、妊産婦の死亡率や死亡原因、医療などの問題と解決に向けた取り組みについて解説します。
目次
妊産婦の問題とは
日本では、医療の発達や性教育により妊娠や出産での死亡率はとても低くなっています。しかし、世界では妊娠中や出産、産後に命を落とす女性が大勢いるのが現状です。
国や地域によって医療体制や衛生状況、文化や教育の違いが妊産婦の死亡率に大きな差を生じさせているのです。特に開発途上国では、妊産婦の死亡率がとても高く、大きな問題となっています。
ここでは、世界と日本の妊産婦の死亡率について解説します。
妊産婦と妊産婦死亡の定義
妊産婦とは、妊娠してから出産、産後6〜8週間の産褥期の期間が終わるまでの女性のことです。
日本での労働基準法における妊産婦の定義は、「妊娠中から産後1年未満の女性」のことを指します。また、産後休業における「出産」とは、妊娠4か月以上の死産や流産も含まれます。
妊産婦死亡とは、妊娠中から妊娠終了後42日未満の女性の死亡のことです。妊娠の期間や部位には関係せず、妊娠に関連、または妊娠によって悪化した全ての原因によるものをさします。ただし、不慮事故などは除きます。
妊産婦の死亡理由は、次のようなものがあります。
- 直接産科的死亡…羊水塞栓症、産科危機的出血、妊娠高血圧症候群、敗血症、肺血栓塞栓症など
- 間接産科的死亡…悪性新生物(ガン)、感染症、糖尿病、心血管系疾患、呼吸器疾患など
日本での妊産婦死亡率
2010年〜2017年の日本での妊産婦死亡率(分娩数10万に対する妊産婦死亡数)は、4.0~6.0で推移しています。
死亡理由として一番多かったものは、産科危機的出血の22%でした。しかし、産科危機的出血の割合は減少傾向であり、これは医療者による早期発見や適切な処置の成果であると考えられます。
そのほかの死亡原因として、脳出血14%、羊水塞栓(心肺虚脱)12%、心・大血管疾患10%、肺疾患8%、感染症9%、偶発7%、その他9%、不明9%となっています。
さらに、日本では妊娠が原因である自殺も9%発生しています。
世界での妊産婦死亡率
世界保健機関(WHO)、ユニセフ、国連人口基金(UNFPA)、世界銀行、国連人口部の「妊産婦死亡率の傾向(Trends in Maternal Mortality)」報告書によると、2020年の世界での妊産婦死亡数は28万7,000人と推定されました。そして、妊産婦死亡の95%は低所得、中所得国や紛争の影響を受けた国で発生しており、特にサハラ以南のアフリカでは妊産婦死亡率が高く、全妊産婦死亡の70%となっています。
この報告書では、2017年の世界での妊産婦死亡数は29万5000人と推定されており、わずかに減少が見られます。しかし、今のままではSDGsの達成は難しいのが現状です。(注1)
WHO(世界保険機関)が発表した、2020年の妊産婦死亡率は次のようになっています。
妊産婦死亡率が高い国(2020年)
国名 | 妊産婦10万人当たりの死亡数 |
---|---|
南スーダン | 1223 |
チャド | 1063 |
ナイジェリア | 1047 |
中央アフリカ共和国 | 835 |
ギニアビサウ | 725 |
妊産婦死亡率の少ない国(2020年)
国名 | 妊産婦10万人当たりの死亡数 |
---|---|
ベラルーシ | 1 |
ポーランド、ノルウェー | 2 |
オーストラリア、チェコなど | 3 |
日本、オランダなど | 4 |
ベルギー、クロアチアなど | 5 |
参考:WHO THE GLOBAL HEALTH OBSERVATORY
アフリカ地域の発展途上国と先進国の妊産婦死亡率には、大きな差があることがわかります。各国の妊産婦死亡数の平均数は223人となっています。(注2)
(注1)参考:TRENDS IN MATERNAL MORTALITY 2000 to 2017
(注2)参考:ユニセフ 2分に1人、妊娠・出産中の女性が死亡 ユニセフら新報告書発表 改善進まず、SDGs達成困難か
中絶の問題
世界での中絶手術数は年間7300万件行われています。そのうちの60%は予期せぬ妊娠による中絶です。そして、世界では安全な中絶は半分ほどで、多くは安全ではない中絶方法によって、毎年約3万9,000人もの人が亡くなっています。さらに、中絶による合併症で数百万人が入院しているのです。
そこでWHOでは、2022年3月に質の高い中絶を可能にすることを目的とした、中絶の新たなガイドラインを設けました。
この新たなガイドラインでは、国ごとの法律や政策、サービス提供などの環境は異なる中でも、50を超える推奨事項などが示されています。(注1)
日本では、2023年4月に経口中絶薬「メフィーゴパック」が承認されています。これにより、妊娠63日(妊娠9週0日)以下の妊娠においては、外科的な手術をせずに人工妊娠中絶が可能になりました。国内の臨床試験ではメフィーゴパックの使用によって、93.3%が中絶に成功しています。
しかし、副作用が57.5%発現し、下腹部痛(30.0%)、嘔吐(20.8%)、重度の子宮出血(0.8%)などが報告されています。(注2)
そのほかにも、性交後72時間以内に内服することで妊娠を防ぐ緊急経口避妊薬もありますが、過去の月経などの情報を聴取し判断する必要があるため産婦人科の受診が必要とされています。しかし、場所によっては産婦人科を受診しにくいことや、デートレイプなどの犯罪を含む場合など、医療機関にアクセスしにくいという指摘もあります。(注3)
(注1)参考:国際協力NGO ジョイセフ WHO:中絶ケアの新しいガイドラインを発表 2012年版 ⇒ 2022年版へ更新
(注2)参考:厚生労働省 いわゆる経口中絶薬「メフィーゴパック」の適正使用等について
(注3)参考:厚生労働省 緊急避妊に係る取組について
妊産婦と子どもの死亡原因
先進国と開発途上国では、妊産婦の死亡率に大きな差があります。それは、医療へのアクセスが困難であることや文化的な理由が大きく関係しています。さらに、女性の地位の低さや、教育を受けられないことなどの理由があります。
先進国と開発途上国の妊産婦の環境、医療体制の実態について、妊産婦の死亡原因とされる大きな理由を3つ解説します。
低年齢でのお産
妊娠の適齢期は20代とされています。しかし、日本でも中学生や高校生の妊娠が多く報告されています。日本では、若すぎる妊娠を「若年妊娠」と呼び、全出生数のうち約1.3%前後で推移しています。
2019年、世界では低所得、中所得国における15〜19歳の妊娠が2,100万件あり、そのうち50%は意図しない妊娠でした。そして、55%は中絶を行い、1,200万件が出産に至っています。世界的に見ると、2022年の10〜14歳の出産率は、1,000人あたり1.5人と推定されていますが、サハラ以南のアフリカでは4.6人、ラテンアメリカ ・ カリブ海では2.4人と高い割合になっています。
10代の妊娠は、20〜24歳の妊娠に比べ、骨盤が未熟であることや子癇(けいれん発作)、産褥性子宮内膜炎および前身感染症のリスクが高く、ホルモンバランスも不安定であり、体調や精神面の管理も難しくなっています。さらに、10代の母親から生まれた赤ちゃんは20〜24歳の母親から生まれた赤ちゃんに比べ、出生時低体重や早期出産、新生児期に重篤な状況となるリスクも高くなっています。(注2)(注3)
(注1)参考:厚生労働省 6 特集 若年(10代)妊娠
(注2)参考:公益社団法人 日本WHO協会 青少年期の妊娠
(注3)参考:日本財団ジャーナル 【10代の性と妊娠】「予期せぬ妊娠」をした女性を孤立させず、支えられる社会に。NPO法人ピッコラーレが目指す「安心できる」場づくり
医療サービス
世界の妊産婦死亡の原因として、重度の出血、高血圧、感染症、人工妊娠中絶による合併症、妊娠の影響による基礎疾患の悪化などがあります。医療体制の整った環境で出産を行う場合、一般的な合併症で命を落とすことは少なくなっていますが、開発途上国や紛争の影響を受ける地域では多くの妊産婦が命を落とす原因となっています。
2020年、深刻な人道危機に直面している9カ国における妊産婦死亡率は、世界平均の2倍以上(出生数10万人当たりの妊産婦死亡数は551人、世界平均は223人)になっています。(注1)
1985年にWHOが妊娠、出産で年間50万人の女性が死亡していると発表したことで、妊産婦ケアの強化が推奨されるようになりました。
2015年には、SDGs達成のためのグローバル戦略として、Global Strategy 2016-30が発表されました。この戦略では、Survive(生存:回避可能な死から免れる)、Thrive(健全な成長)、Transform(社会の転換:生存と健全な成長を可能にする環境を拡充する)の3点が強調されています。
母子の栄養に関しては、次のような2025年までのグローバル栄養目標が設定されました。
- 5歳以下の子どもの発育阻害を40%削減
- 生殖可能年齢にある女性の貧血を50%削減
- 低体重児出生数の30%削減
妊産婦の急性栄養不良が10%増加すると、12,200人が死亡すると推計されています。妊産婦の命を守るためにも、医療サービスへのアクセスが重要なのです。
しかし、新型コロナウイルスの流行によるロックダウンや感染への不安から外出を控え、医療サービス利用の減少が生じました。118カ国の低所得、中所得国では母子保健サービスの受診が9.8%〜18.5%も減少しているのです。(注2)
(注1)参考:ユニセフ 2分に1人、妊娠・出産中の女性が死亡 ユニセフら新報告書発表 改善進まず、SDGs達成困難か
(注2)参考:独立行政法人 国際協力機構 人間開発部 課題別指針 母子保健 P12
感染症によるリスク
開発途上国では、水道やトイレなど衛生面での問題によって、エイズやマラリアが蔓延しています。特に、妊娠中は胎児を異物として排除しないよう免疫力が低下するため、感染症に罹りやすくなります。また、感染症に罹患した状態で妊娠することで妊産婦の死亡率が高まるとされています。(注1)
感染症は母親だけではなく、赤ちゃんにも大きな脅威となります。それは、微生物(細菌やウイルスなど)が母親から赤ちゃんに感染することで起こる母子感染です。元々母親が微生物を持っている場合と、母親が妊娠中に感染する場合があります。そして、お腹の中で感染する胎内感染、分娩時に産道を通ることで感染する産道感染、母乳から感染する母乳感染があります。
日本では、これらの母子感染を防ぎ、母子の健康を守るために妊婦検診の際に、次の8つの感染症について検査しています。
1 | B型肝炎ウイルス | 赤ちゃんに感染した場合、まれに乳児期に重い肝炎となる場合があり、将来的に肝炎、肝硬変、肝ガンになる可能性もある |
2 | ヒト免疫不全ウイルス(HIV) | 赤ちゃんに感染し、進行するとエイズ(後天性免疫不全)を発症する可能性がある |
3 | 風疹ウイルス | 妊娠中に初めて母親が感染すると、赤ちゃんへと胎内感染し、聴力障害、視力障害、先天性心疾患など(先天性風疹症候群)を起こす可能性がある |
4 | 性器クラミジア | 赤ちゃんが結膜炎や肺炎を起こす可能性がある |
5 | C型肝炎ウイルス | 多くの赤ちゃんは感染しても無症状の場合が多いが、将来、肝炎、肝硬変、肝ガンになる可能性がある |
6 | 梅毒 | 赤ちゃんの神経や骨などに異常が発生する先天梅毒を起こすことがある |
7 | ヒトT細胞白血病ウイルスー1型(HTLVー1) | 赤ちゃんに感染しても多くは無症状だが、一部の人がATL(中高年以降の白血病の一種)やHAM(神経疾患)を発症する |
8 | B群溶血性レンサ球菌(GBS) | 赤ちゃんが肺炎、髄膜炎、敗血症などの重症感染症を起こす場合がある(注2) |
そのほかにも、母子感染で気を付けるべき感染症として、トキソプラズマ症や単純ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス感染症などがあります。
しかし、世界では妊婦の検診回数が少ない地域も多く、特に開発途上国では、約半数がWHO(世界保健機関)が推奨している8回の妊婦検診のうち4回さえも受けられていないのが現状です。そのため、感染症のリスクも高くなっているのです。(注3)
(注1)参考:杏林医学会 新倉保 小林富美恵 世界における妊娠マラリアの現状と問題点
(注2)参考:厚生労働省 母子感染を知っていますか?
(注3)参考:ユニセフ 2分に1人、妊娠・出産中の女性が死亡 ユニセフら新報告書発表 改善進まず、SDGs達成困難か
世界の妊産婦の現状
妊娠中、産後は体調にさまざまなトラブルが発生します。しかし、多くのトラブルに対するケアは国や地域によって異なります。
健康や医療へのアクセス、社会的なサポート体制など多くの問題があるのです。
さらに、国によっては女性の地位の低さや教育格差なども大きな問題です。ここでは、妊産婦や女性、女児が抱える社会的な問題について解説します。
日本での妊産婦の現状
日本では、ほとんどの妊産婦が妊婦検診などの医療を受けることができています。しかし、低出生体重児(出生体重2,500g未満)が増加しており、1980年には低出生体重児は5.2%でしたが、2005年頃からは約9.5%の横這いとなっています。
その原因として、ダイエットや喫煙、鉛への接触や吸収などがあります。もっとも大きな影響として、低出生体重児の16.5%の母親が妊娠中の体重増加が8㎏未満であることがわかりました。
低出生体重児は生まれてからも多くの問題が起こりうるため、妊娠中の母親の体重管理が重要です。母親が、しっかりと必要な栄養を取ることで低出生体重児を減らすことにつながるのです。(注1)
そして、日本では新型コロナウイルスによる自粛の影響で10代の妊娠が急増しました。10代での予期しない妊娠は、子宮や骨盤が未熟であるなどのリスクに加え、周囲の理解や協力を得ることが難しく孤立してしまう原因にもなっています。(注2)
平成31年4月から令和2年3月までに、72件の虐待による子どもの死亡が発生しています。そのうち、11件が0歳0カ月、このうちの63%が予期せぬ妊娠という結果でした。とくに、虐待死に至る実母の年齢は19歳以下が最も多く、このような事態を防ぐためにも、日本では性教育による正しい知識がもっと必要であると指摘されています。(注3)
(注1)参考:厚生労働省 低出生体重児保健指導マニュアル
(注2)参考:日本財団 【10代の性と妊娠】「予期せぬ妊娠」をした女性を孤立させず、支えられる社会に。NPO法人ピッコラーレが目指す「安心できる」場づくり
(注3)参考:日本財団 「包括的性教育」推進を目指し提言書を発表
途上国での妊産婦の現状
2017年の国連の発表によると、2000年以来、妊産婦の死亡数は37%減少していますが、開発途上国では、先進国に比べ妊産婦の死亡率は14倍と高くなっています。
開発途上国では妊産婦全体の約半分しか、推奨される医療を受けられていません。このように、先進国と開発途上国の妊産婦の安全性には大きな差があるのです。(注1)
新型コロナウイルスの影響は開発途上国の妊産婦にも大きな影響を与えています。国連が発表した最新の報告書によると、新型コロナウイルスにより、妊産婦の死亡数が増加しました。南アジアでは新型コロナの感染者数が1,100万人に達し、診療所や医療施設が閉鎖され、重要な保健と栄養プログラムが停止されてしまいました。この影響により、2020年の妊産婦の死亡数が約1万1,000人増加したと見られています。
国連人口基金(UNFPA)アジア太平洋地域事務所長のビョン・アンダーソンは、「南アジアの文化的・社会的背景を考えると、これらのサービスの停止は不平等を深め、妊産婦や新生児の死亡数の増加につながる可能性が高く、さらに350万人もの意図しない妊娠が増える可能性があります」と述べています。
さらに、国連の報告書では新型コロナウイルスの影響により、450万人の女の子が学校に戻れず、性と生殖、健康に関するサービスへのアクセスが低下すると警鐘を鳴らしています。(注2)
開発途上国では、女性の地位が低いことも妊娠や出産で命を落とすことにつながっています。経済的な問題や教育を受けられない女の子は、児童婚(18歳未満の結婚)につながるリスクが高くなるのです。
女の子の早すぎる結婚を10%減少させると妊産婦の死亡を70%減少させることができると言われています。さらに、すべての女性が中等教育を修了すると、5歳未満児の死亡率を49%減少させ、年間300万人の命を救うことができると言われています。(注3)
(注1)参考:国際連合広報センター 持続可能な開発目標(SDGs)ー 事実と数字
(注2)参考:ユニセフ 南アジア 母子の死亡数が23万9,000人増 COVID-19で保健サービス減少
(注3)参考:国際NGOプラン・インターナショナル 知ってください。遠い国の女の子の現実を。
児童婚による若すぎる妊産婦
児童婚とは、世界でも大きな問題となっている18歳未満(男女問わず)の結婚のことです。
ユニセフの2023年の発表によると、世界では年間1,200万人の女の子が18歳未満での結婚をしていると報告されています。
南アジアでの児童婚の減少が続いていますが、児童婚をした女の子と女性の約45%が南アジアに暮らしています。インドでも児童婚は減少していますが、世界の児童婚の3分の1を占めているのが現状です。
そして、サハラ以南のアフリカも世界で2番目に児童婚が多い地域です。
児童婚はさまざまな問題を引き起こします。児童婚の問題は、次のようなものです。
- 学校に通い続けることが困難になる
- 若すぎる妊娠でのリスクが高まる
- 女の子の地域コミュニティからの孤立
脆弱な環境での女の子の児童婚は、世界の平均的な女の子の2倍となっています。そして、紛争関連死が10倍増えるごとに、児童婚が7%増加し、降雨量が10%変動すると児童婚が約1%増加すると報告されています。
参考:ユニセフ 児童婚、世界で6億4,000万人 45%が南アジア、20%がサハラ以南 ユニセフ最新報告書発表、SDGs達成には程遠く
妊産婦の問題解決への取り組み
世界には、妊娠や出産で命を落とす母親が多くいるのが現状です。そのため、多くの国や地域、団体が妊産婦の健康を守るための取り組みを行っています。妊産婦の健康と権利を守り、安全な出産環境を整えるための施策は、社会の発展とSDGsの達成には不可欠なものとなっています。
妊産婦を守るために行われている取り組みを4つ紹介します。
日本企業の取り組み
日本の製薬会社である塩野義製薬のMother to Mother SHIONOGI Projectは、妊産婦・授乳婦および5歳未満児の健康を改善すること、自立的な保健サービスを運営できるようにすることを目標としたプロジェクトです。
2015年から国際NGOワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)の協力によって始まりました。これまでにアフリカの母子健康改善のために、次のような取り組みを行ってきました。
◇第一期事業(2015年4月~2021年7月)
ケニアのナロク県では、保健施設での分娩率が9.4%と低く、予防接種完遂率も73.8%と低くなっていました。
そのため、妊産婦と子どもたちの健康を応援するプロジェクトとして、診療所の建設、巡回診療による遠隔地への保健サービスの提供、水供給施設の整備、コミュニティの保健人材・地域住民への教育を行ったことで、診療所の来院者が1.8倍に増加、保健施設での出産が4%から47%に増加、大腸菌の検出頻度が66%改善し、生後12か月から23か月の幼児の予防接種完遂率も改善しました。
◇第二期事業(2020年4月~2023年12月)
ケニアのキリフィ県では、自宅から5㎞以内に保健施設がない人が60%以上、医療従事者の不足、衛生的なトイレの使用率が5%と低いことなどの問題があります。
そのため、医療施設の整備と住民への啓発、保健人材の能力強化、水衛生環境の整備、地域の診療所を統括する病院と連携することで、地域全体のコミュニティ保健システムの強化に取り組みました。この活動では、医療設備への電力をパナソニックホールディングス株式会社が提供しています。
2021年には産科棟の建設や、母子保健と栄養に関する知識を共有するMother to Mother support groupを結成し活動しています。
◇第三期事業(20234年6月~2026年5月)
ガーナのイースタン州では、保健施設までの距離が10〜20㎞と遠くなっていること、民家の一角を診療所として使用している割合が66%と高くなっているため医療設備が不足していること、保健施設での分娩率が45.2%と低くなっていることなどの問題があります。
そこで、母子保健サービスへのアクセスの向上と保健施設の整備(臨床検査室)、医療サービスの提供、医療従事者への教育、コミュニティ保健人材への教育、Mother to Motherグループの月次会議の実施、コミュニティリーダーへの研修、栄養・水衛生行動改善の仕組み整備などが行われています。
塩野義製薬では、これらの活動により持続可能な社会の実現に向けて、お母さんと子どもの健康を応援しています。
参考:塩野義製薬 Mother to Mother SHIONOGI Project
ワールド・ビジョンの取り組み
2017年に生後1カ月以内に亡くなった子どもは250万人、生まれた日に亡くなった子どもは90万人にもなりました。主な乳幼児の死亡原因は、出産時の合併症、肺炎などの感染症、下痢、マラリアです。これらは、清潔な水や手洗い、栄養摂取と抗生物質の投与により解決が可能な問題です。
しかし、後発開発途上国では、約45%の母親が専門家の立ち合いなしで出産をしているのが現状です。
乳幼児の死亡率を下げるためには、女性への教育も重要です。12年以上教育を受けた女性は、教育を1〜6年受けた母親よりも、妊娠、出産で死亡する確率が半分になるというデータがあります。
教育を受けることで、衛生観念が身につき、計画的に子どもを授かることができ、さらに読み書きができることで薬や粉ミルクを正しく子どもに与えられるのです。
そこで、ワールド・ビジョンでは、識字率の向上やチャイルド・スポンサーシップを中心とした支援プログラムを行い、子どもが教育を受けられる環境づくりをしています。
具体的な活動は、次のようなものです。
- 衛生的なトイレの整備
- 井戸や貯水タンク等の設置と管理委員会の立ち上げ
- トイレ後や食前の手洗いなどの衛生啓発活動
- 学校での女性用トイレの設置
- 教員用の寮を整え、遠隔地への学校へ赴任を促す
このような活動を行うことで、子どもの健やかな成長のために必要な環境を整えていけるように長期的な支援プログラムを行っています。
参考:国際NGOワールド・ビジョン・ジャパン 乳児死亡率が高くなる原因は?生まれた日に亡くなる子どもは世界で90万人
JICA 母子手帳プロジェクト
日本では、妊娠すると自治体から母子手帳が発行されます。母子手帳は、妊娠中に気を付けるべきことや出産までの様子、産後の体調や子どもの成長に必要な情報などをすぐに確認できるものです。1948年に日本で生まれた母子手帳は、近年海外でも普及しており、世界の16%の母親が母子手帳を使っています。JICAでは、母子手帳を拡げることで母子の健康を守る活動を行っています。
各国での母子手帳普及活動は、次のようなものがあります。
<アフガニスタン>
戦乱や自然災害により、母子の健康水準が低くなっています。
そこで、2016年6月からフォローアップ協力として、母子手帳の作成・導入を支援することになりました。
アフガニスタンの女性の識字率が10%台であるため、イラストを多用した母子手帳を作成し、運用のための指針作成と保健従事者への研修を経て、試行的導入を行いました。
<アンゴラ>
アンゴラでは、妊婦用の手帳と乳幼児用の子ども健康カードが使われてきましたが、産前産後の継続的な記録は行われていませんでした。
そこで妊娠時から子どもが15歳になるまでの記録を1冊でカバーできる母子手帳の導入をすることになりました。
アンゴラでは「お産は女性一人の仕事」という伝統的な考えが強いため表紙のイラストを夫婦と赤ちゃんにすることで、父親の育児への参加を促すなどの工夫がされています。
アンゴラでのプロジェクトでは、モデル州への導入や医療従事者への研修を行い、全国展開を目指しています。
<ガーナ>
JICAの協力で2018年に完成したガーナの母子手帳は、母子の健康を継続的に記録でき、母親や家族に向けた健康情報も多く含まれています。さらに、公用語である英語が読めない母親のためのイラストや、男性や若者へ向けたメッセージもあります。
ガーナでのプロジェクトでは、ヘルスワーカーが手帳を有効活用して母子一人ひとりの状況に応じた治療や指導を行うことができるように全国で研修を実施しています。
ガーナでの母子手帳は家族全員の質の高い生活に寄与し、すべての人の健康を目指すものです。
日本発祥の母子手帳は識字率の低い国ではイラストを多用するなど、対象となる国に合わせた工夫をすることで、母子の健康を守るために多くの国で活用されているのです。
セーブ・ザ・チルドレン
子ども支援の専門団体である国際NGOセーブ・ザ・チルドレンでは、妊産婦と新生児のケア、感染症や栄養不良に対する予防と治療、保健システムの強化などを行うことで、すべての子どもやその家族が良質な保健サービスを受けられるための支援を行っています。
セーブ・ザ・チルドレンの活動の一部を紹介します。
<ベトナム>
ベトナムのラオスでは、少数民族の母子の健康改善のために、家庭から保健センター、病院までの継続的なケアの実現のために、保健教育などの能力強化の支援を保健医療スタッフ、母親とその家族に行いました。
その結果、母親の産前検診と保健施設での分娩数が増加しています。
さらに、妊産婦や新生児が生命の危機に陥った場合に、高度な医療サービスを受けられる保健医療施設に紹介できるよう、施設間の連携体制の構築を行いました。
そして、地域での啓発のため、妊産婦と新生児ケアの情報をテレビやラジオで発信しました。
<ウガンダ>
ウガンダでは、母子が栄養価の高い食事ができるよう、農業技術の支援を行いました。
地域の保健医療施設の職員や保健ボランティアに対し、乳幼児の栄養摂取指導の研修を行ったことで、施設を訪れる母親に適切な指導ができるようになりました。そして、施設に通うことが難しい母親に対しては保健ボランティアが訪問し、栄養指導などを行っています。これらの栄養指導により、母親からは母乳の出が良くなったという声があがっています。
セーブ・ザ・チルドレンでは、栄養不良、感染症の予防や治療などの保健サービスの支援、すべての子どもが教育を受けられるための活動、災害や紛争などの影響を受けた子どもへの支援などを行っています。
先進国と途上国の妊産婦の死亡数には大きな差がある
妊娠や出産のトラブルに対して、先進国であれば解決できる状況でも開発途上国では命を落とすことがあります。この状況を改善するために、多くの取り組みが行われ、妊産婦の死亡数は少しずつ改善しています。
しかし、SDGsの目標である、2030年までに世界の妊産婦の死亡率を出生10万人当たり70人未満にするという目標を達成することは困難な状況です。個人で、この問題に取り組むことは困難ですが、多くの支援団体の活動を寄付により応援することができます。
赤ちゃんの誕生という喜びが、母親の死亡という悲しい結末にならないよう、世界の現状を知ることから始めましょう。
身近なアイデアを循環させて、地球の未来をつなげていきましょう。皆さんと一緒に取り組んでいけたら幸いです。